「風邪ひいた」


ごほごほ、と電話口の向こう側で咳込むのがきこえる。声にもいつもみたいなハリがないし、すこし枯れてる気もする。大丈夫 なんて言われても、こんなのぜったい大丈夫じゃないよ。


「スクアーロ、うちどこ」
「…う゛おぉい、俺は」
「平気とか大丈夫なんて言ったらチョップだからね」
「………」
「うちからそんなに遠くないよね?どこ」
「…コンビニの、角を右に曲がった、マンション…」
「ん、わかった」


ぜったい外に出ないこと、あったかくして寝ること、ちゃんと水分をとること 3回くらいくり返し言い聞かせてから電話を切った。はあ、と一息。リビングの時計は3時ちょうどを指していて、いつもならスクアーロに漢字の読み書きを教えているはずだった。いつまでも来ないスクアーロを訝しく思いながら待っていると、かかってきたのは風邪を引いたから行けない、というスクアーロからの電話。
スクアーロは一人暮らしだ。そしてわたしはスクアーロの家庭教師で、たいせつな友だち。なのに、気づいてあげられなかった。だから。置きっぱなしにしていたかばんをもう一度ひっつかんで、わたしは家を飛び出した。







コンビニの袋をかかえて歩いていくと、スクアーロの言っていたマンションが見えてきた。そこは田舎ではちょっと目立つ高い建物で、中学生くらいの男の子がひとりで住むには不釣り合いだ。スクアーロの家庭ってどんなものなんだろうと考えずにはいられない。
ともかく急がなくちゃ。エレベーターから飛び出てスクアーロの部屋をめざす。深呼吸してから思いきってチャイムを押した。


………。……。


返事がない。ただのしかばねのようだ…って、縁起でもない!もう一度押してみるものの反応はなかった。胸がざわざわする。ドアノブに手をかけるとあっさりと回った。無用心だ…。


「スクアーロ?わたしだけど…だいじょうぶ?」


しーんと静まり返った玄関にわたしの声がひびいた。スクアーロのスニーカーがきちんと揃えてならべてある。外出はしてないみたい。奥に進んでゆくとベッドに横になっているスクアーロが見えた。ウトウトしていたのか、わたしに気づいてもボンヤリしている。


「…ほんとうに来たのかぁ…」
「うん。具合はどう?」
「ふつう」ふつうって…。だるそうな顔してなにを言ってるんだか。仁王立ちでぎゅう と眉を吊り上げると、ひるんだスクアーロはもごもご口を動かした。


「熱は高くねぇ…」
「あたまは?咳ひどいの?」
「…咳は、そんなにでない」
「あたまはいたいんだ」
「……」
「なにか食べた?」
「……」


だんまり。ため息がでる。ひとりで寝てるんだからしょうがないと言ってしまえばしょうがないんだけど。きっと熱あるんだろうな。咳もガマンしてるのかも。ちゃんと教えてほしい。だけど、正直に言ってって頼んでも、スクアーロはきっとそうしてくれないんだろう。わたしに気をつかってるから。やさしさ。うれしいけど、もどかしくもある。
わたしはコンビニのビニールから取り出した冷えピタをぺたりとスクアーロのおでこに貼った。冷たそうに目をほそめる。擦りりんごでもしようかと思ってたけど、それらしいものが見つからなかったのでふつうに切ることにした。料理は得意じゃないけど皮むきくらいならできる。枕元に置いてあった空のコップに、買ってきたポカリを注いでいく。コポコポという涼しげな音は、風邪の日にお母さんがマグカップに注いでくれた音とおなじ。いまはわたしが看病する側なんだと思うとふしぎな気分になった。うんと頷く。わたしがちゃんと面倒みなきゃ。


「今日はわたしがスクアーロのお母さんだからね!」
「……なんでお母さんなんだぁ…」


もっとほかにあるだろ…スクアーロががっくり肩を落とした。







「…落ち着いた?」
「もとから落ち着いてる」
「もう…心配したのに」


口を尖らせると、スクアーロは困った顔になった。ちいさな声で「わりぃ」とつぶやく。謝ってほしいんじゃないんだけどな。もどかしいやさしさ。決してきらいじゃないけれど。
あんまり無理しないでね、と言おうとして首を振る。スクアーロが頑張り屋さんなのはわたしがよく知ってる。ひとりで日本まで来て、大変なことばっかりなはずだ。どうしたってスクアーロは無理してしまうんだろう。不器用なおとこのこ。まだ子供なのにね。


「ね、スクアーロ」
「…ん」
「無理してもいいから、辛かったらちゃんと言って」
「……ん。」


イエスなのかノーなのかわからない返事。でもたぶんきっと わかってくれてる。もどかしいやさしさ。きらいじゃなくて、むしろ好き。言葉にすると照れちゃうから伝えないでおく、わたしのひみつ。
スクアーロは目を閉じてふたたびウトウトし出した。やがて穏やかな寝息に変わっていく。寝ちゃったみたい。初めて見たスクアーロの寝顔は穏やかで優しげだった。こっそり熱を測っておこうか迷ったけど、この様子ならだいじょうぶそう。ホッとする。


「…よかった…」


安心したらどっと疲れが押しよせてきた。慣れないことをまとめてやったから、いつもの倍くらい疲れた気がする。ほんとうのことを言うとすごく動揺していたのだ。昨日までなんともなかったスクアーロ。昨日までなんともないように見えてた。でもきっと、スクアーロのやさしさに隠れて見えなかっただけ。
わたしはスクアーロの家庭教師で、たいせつな友だち。なのに、気づいてあげられなかった。だから、これからはもっと―――


夕日の照らす静かな部屋で、いつのまにかわたしも眠りに落ちていった。



100711

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