fall in love 英語の教科書にこんなの載ってるんだ、と書き写しながら思う。恋に落ちる、なんて仰々しい表現だと思っていたけれど、あながち嘘ではないのかもしれない。だとしたら前の席で英文を朗読しているリディアはエッジにとって難攻不落の城みたいなものだろうか。なんだかんだ言ってリディアもまんざらでもないって感じだけど。あの人も一年前こうして、この英文を書き写していたんだろうか。真面目な彼が恋に落ちるなんて真剣に訳してるところ、見てみたかったなあ。けれど、今の自分のように誰かを思い浮かべていたのなら、それはいやだなあ、なんて。






すべては2年生になったばかりの日――その頃は生徒会なんて自分にはまったくの無関係だと思っていたし、メンバーもかろうじて顔を覚えている程度。だから朝のあいさつ運動のこともその日初めて知ったのだ。わたしが登校するのはいつも8時20分。多少寝坊しても間に合うという徒歩通の特権を最大限に利用していて、その時間にはほとんど人影はなかった。






宿題のプリントを学校に忘れたことに気がついたのは前の晩。明日早く行って片付けるしかないか…早く起きるの面倒だなあ、そんなことを考えていた。学校についたのは8時ちょうど。校門に並んでいる人の影を不思議に思っていると、声を掛けられた。


「おはようございます」


あ、この人知ってる。生徒会の人だ。確か副会長、だったかな。金色のさらさらした髪を後ろで束ねて、いかにも真面目そうな顔をしている。続けてあの有名なセシル先輩、ローザ先輩にあいさつされて、何事かとびっくりしたのを覚えている。小さい声で返事をして小走りで昇降口に駆け込み、そっと振り返ってみる。不釣り合いなくらい真剣な表情で通る生徒にあいさつする姿が、妙に印象的だった。






「あいさつ運動だよ。知らなかった?」
「うん。初めて見た。いつからやってるの?」


4月の初めからかなあ、とリディアは頬杖をついていった。じゃあつい最近なのか。生徒会も大変だねと言えば、「すごいよね」きらきらした瞳は憧れを含んでいるようだった。もしかしてリディア、生徒会入りたいのかな。リディアならしっかりこなせそうだなあ、とぼんやり思った。まさか自分も入ることになるなんて、この頃は想像もしていない。「そうそう、あの人なんて言うんだっけ。金髪の…副会長のひと」
「カインのこと?」


カイン=ハイウィンド。なんだかかっこいい名前だ。素直に思ったことを口にすれば、リディアは「名前だけじゃないよ!」と身を乗り出してカイン先輩について語りだした。寡黙だけど実は熱いものを秘めていて、すごく頼りになる。大人っぽい。リディアはカイン先輩のことを尊敬しているみたいだった。途中からほとんどセシル先輩の話に逸れてたけど。これはいつものことなので、適当にうんうんと相槌を打っておく。頭の隅で、朝見た後ろ姿がちらついていた。







それから学校に来るのか早くなって、毎朝生徒会の人にあいさつするのがわたしの日課になった。8時ちょうどに来ていたのが10分早まったのはそれから1週間後くらいからだろうか。あいさつ運動に行く途中のカイン先輩に、誰よりも早くあいさつする。たったそれだけで毎日どきどきしたり一喜一憂したりして、もしエッジが知ったら大爆笑されるにちがいない。それでも勇気のないわたしには大冒険のような毎日だった。

fall in love なんておおげさな言葉使えないけど、わたしはあの日から、彼に恋をしている。



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