7時50分。いつもより高鳴る心臓を押さえて階段を上る。反対側から下りてきた彼は、わたしが口を開くより先に言った。


「おはよう、黒板」
「お、おはようございます!」


ばっと頭を下げれば小さく笑い声が降ってきた。カイン先輩、結構わらうんだなあ。無表情ってわけじゃないけど、クールなイメージがあったから少し意外だ。
先輩は思い出したように立ち止まり、わたしの顔を見下ろした。


「セシルから伝言がある」
「セシル先輩から?」
「放課後、資料を運んでほしいそうだ。重いから2人で行けと」
「…2人?」
「エッジとだ。総務だからな」


ああ、そういえば…。つまり、わたしたちの生徒会としての初仕事ってことか。ただの資料運びだけど……まあ、総務だし。
わかりましたと返事をしてすれ違う。なんだか信じられない心地だ。業務連絡とはいえ、あのカイン先輩と会話をする日が来るなんて。これからはずっと、もっと話せるんだ。ただそれだけで身体が軽くなるようだった。








カインのばかやろう箪笥の角に小指ぶつけて死ね!おっとつい本音が……はあ、とため息を吐く。両手に抱えた資料の束はずっしりと重く、一歩進むごとに指に食い込むようだった。まさかあんなにプリントがあるなんて思わなかった。エッジがサボるとは――なんとなく思ってたけど。携帯に電話をかければ「電源が切られているか〜」。昼間あれだけ忘れないように言い聞かせたのに、次会ったらどうしてくれよう。リディアに言い付けてやる。


「…わっ!」


エッジに対する復讐心に燃えすぎていたせいで足元がおろそかになっていたらしい。わたしは伸びていたコードに見事に引っ掛かった。バランスが崩れる。なんとか踏ん張って転ばずには済んだものの、手から放れた紙の束はどうにもならなかった。バサバサと大きな音を立てて資料が宙を舞う。


「……最悪……」


ため息が漏れる。何やってるんだろ、わたし。生徒会の仕事、頑張るって決めたばっかりじゃないか。痺れる手で資料を集める。ああもう今度エッジに会ったら食堂の1番高いパフェ奢らせてやる!


「それは怖いな」
「……え、?」


全身が固まった。廊下に散らばった資料をわたしの手じゃない手が集めていく。わたしのより一回り大きい、骨張った男の人の手。ついでにわたしが集めた分の資料を半分ほどさらって、カイン先輩は口を開いた。


「だがそのくらいは必要かもしれんな。あいつがその程度で懲りるといいが」
「カイン先輩…ど、どうして」


っていうかもしかしなくてもわたし、口に出してたのか。うわ恥ずかしい!よりによってカイン先輩に聞かれるって…。今日は厄日かもしれない……
先輩は制服の膝についた埃を手で払うと、腕の中の資料の束を軽く整える。


「伝言を伝えておいてなんだが、正直こうなるような気がしていた」
「あー…」


エッジ、ほんとに信用ないんだな…。逆にかわいそうになってきた。許すつもりは毛頭ないけど。先輩に続いて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。


「すみません、手伝ってもらっちゃって」
「構わない。この量をひとりで運ぶのに無理があるだろう。確か…会議室だったな?」
「え?あ、そうですが…」
「では行くか」


断る隙も与えず、カイン先輩は会議室の方向に歩き出していた。さっきまでわたしが苦戦していた資料の4分の3抱えているはずなのに、まったく重そうなそぶりを見せない。力、あるんだなあ。…ってそうじゃなくて。


「あの、先輩!わたし持てますから!大丈夫です!」
「また転ぶかもしれないだろう」
「そんなに何度も転びません!せ、せめて半分くらい持たせてもらわないと、先輩に運ばせるなんて…」
「…別に先輩として手伝っているわけじゃない。効率のいいやり方を選んでいるだけだ」


ぐっと詰まる。カイン先輩の言う通りだ。言う通りだけど……やっぱり申し訳ない。押し黙ったわたしに、カイン先輩が振り返った。


「行くぞ」


……いいのかな。いいんだよね?先輩がああ言ってくれてるんだし…。遠慮がちに頷けば、わたしに背を向けて再び歩き出す。ほんの少し、だけど確かにゆっくりになったスピードに気づいて、ああ好きだなって思った。今度は少しだけエッジに感謝する。うん、今日は厄日じゃなかったみたいだ。








記念すべき初仕事も終わって帰ろうとしていると、教室にボロボロになったエッジが飛び込んできた。


「よくいまさら顔出せたねエッジくん」
「わりい!でもしょうがなかったんだよ、あいつに捕まっちまって…。今やっと逃げ出してきたとこ、」
「そうかそれはご苦労だったな」
「ぎゃあああああ」


ルビカンテ先生に首根っこを引っつかまれてエッジは連行されていった。おそらく向かう先は生徒指導室だろう。今度はなにをやらかしたんだか。助けろよ!と暴れながら叫ぶエッジに静かに合掌した。ご愁傷様、たっぷり絞られてくればいいよ。



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