放課後。わたしとリディア、そしてエッジは生徒会室へつづく廊下を歩いていた。リディア、本気でエッジを生徒会希望者に入れるつもりなんだろうか。絶対調子に乗ってるよこれ。隣から聴こえてくる鼻唄にいい加減ウンザリする。大丈夫なのかなあ。まあ、そういうわたしこそ大丈夫なのかって話なんだけど。


「ねぇ、ホントにわたしここにいていいのかな…」
「ああ?ハッキリしねぇヤツだな、お前も」
「エッジには聞いてない」
「大丈夫よ。セシルもローザもカインも、みんな優しいから」


カイン、その響きにどきりとする。幸いふたりには気づかれなかったようで、ホッと息を吐く。…こんな不純な理由じゃあわたしもエッジのこと言えないよね。

辿り着いたのは2階突き当たり。「生徒会執行部」と書かれたシンプルなプレートが西日に照らされている。3年生のフロア自体行くことのないわたしには目にすることすらほとんどない場所だった。ここがうちの、生徒会室。ただそれだけの事実に緊張する。隣を歩いていたリディアが、ドアに近寄って軽くノックをした。向こう側から返事がする。澄んだ声はおそらく、生徒会長のセシル先輩のもの。


「リディアだよ。生徒会希望者を連れて来たの」
「わかった。入っておいで」


ガラリと扉を開けると、まばゆいほどの光が差し込んできた。とっさに目を瞑る。慎重に瞼を持ち上げれば、後光の差したセシル先輩が網膜に写った。大きな窓から夕日が差していて、部屋全体が照らされているのだ。わたしの困惑に気づいたらしいローザ先輩がサッとカーテンを閉めて微笑む。


「ごめんなさい、この時間は西日が眩しいのよ」
「え、いや、先輩が謝ることじゃ……」


わあ、うわあ、ローザ先輩、美人!今までも遠くから見たことはあったけど、近いとますますすごい。謝らせてしまった罪悪感がずんと胸にのしかかる。存外、わたしはチキンだ。あと美人に弱い。
何かプリントに目を通していたらしいセシル先輩がふと顔を上げた。優しそうな青い瞳がリディアを捉え、わたしを捉え、エッジを通り過ぎリディアに戻る。


「…リディア。僕は成績が良くて、しっかりしている子を誘うように頼んだはずだけど」
「うん」
「どうしてエッジがいるのかな?」
「俺がいたら駄目なのかよ」
「エッジは頭が悪ければ仕事もできないだろ」


エッジがひでえ!と叫んだ。セ、セシル先輩、直球…!しかしその麗しい顔が称えているのは穏やかな笑みである。あれ?セシル先輩ってこういうキャラなの?…なんて聞けるわけもなく、縮こまっていたわたしにセシル先輩が微笑みかけた。


「君も生徒会希望者?」
「え、あ……は、はい。2年4組の黒板消し子です」
「リディアといつも一緒にいる子だよね。しっかりしてそうだし、君なら役員も務まりそうだ」
「あ、ありがとうございます」


隣のリディアがウインクし、「よかったね」と小声で囁いた。なんか逆にプレッシャーがかかるんですけど……。居心地悪く一歩下がったそのとき、後ろのドアが突然開いた。ガン!と鈍い音が鳴るのと背中に痛みが走るのは同時だった。


「いっ…!」
「!…っすまない」


咄嗟に背中に伸ばしかけた手がピタリと止まる。リディアに引っ張られて壁に寄ると、扉が大きく開いた。段ボールを両手に抱え顔を出した彼は、わたしを視界に入れるとすまなそうに顔を歪めた。


「悪い、気づかなかった。大丈夫か?」
「………え、あ、えっと、」

口をぱくぱくさせるわたしに、その人――カイン先輩は首を傾げた。「、大丈夫で、す」必死に喉から絞り出した声はずいぶんおかしなもので、もしそこに穴があったならわたしはこじ開けてでも潜り込んでしまいたかった。いや、だってそんないきなり話し掛けられたら対応できないから!
リディアが心配そうにわたしの顔を覗き込む。首を傾げたままのカイン先輩は、しばらくわたしの顔を見つめていたかと思うと眉を上げた。


「お前……」
「おいカイン、視姦してねぇで退けよ。狭いだろーが」
「エッジ、下品」
「いてっ」


セシル先輩の投げた紙屑がエッジの後頭部にヒットした。カイン先輩はエッジをひと睨みしてからもう一度、わたしに「すまない」と謝る。今度はしっかりと大丈夫ですと答えたわたしにほんの少しだけ微笑んで、先輩は段ボールを部屋の隅に運んだ。
……ほ、微笑まれた……!


「カイン、それどうしたの?」
「備品の余りだ。使えそうな物を集めてきた」
「ありがとう、助かるよ。ところでカイン、彼女たちが2年生生徒会役員の希望者」
「…エッジもか?」
「おいなんだよその目は!ったくどいつもこいつも俺様をナメやがって」


エッジが憤慨するものの、3年生の先輩方は全く相手にしていなかった。ローザ先輩が書類を整理しながら言う。


「まあいいんじゃない?この際エッジでも。猫の手も借りたいところなんだし…」
「ローザの言う通りだ。それにリディアと黒板さんもいるし」
「…黒板?」
「君がぶつかった彼女だよ」


セシル先輩の言葉に、カイン先輩の視線がわたしに移る。わたしが頭を軽く下げると、彼はスッと目を細めた。


「ああ、朝いつも階段で会うな。黒板というのか。よろしく頼む」
「……え、」


いつも。いつもって、カイン先輩、気づいてたの。挨拶してすれ違うだけのわたしのこと、ちゃんと覚えてくれてたんだ。


「よ、よろしくお願いします!」


顔がカアッと熱くなって、隠すようにあわてて頭を下げた。こんなんでわたし、やっていけるんだろうか……。でもきっと、カイン先輩に名前を呼ばれた時点で、わたしに思い止まるなんて選択肢なくなっていたんだと思う。



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