リディアが両手を合わせて頭を下げたのは朝のSHRが終わってからだった。斜め後ろの席のリディアはわざわざ立ち上がり、わたしの席の前まで歩いてきた。それだけでわたしの隣の席の男子は口元がだらしなく緩んでいる。リディアはその可愛さと健気さゆえに、うちのクラスもとい2年生(もしかしたら学校全体)のアイドルなのだ。隣の男子をじろりと睨みつけてから視線をリディアに戻す。いきなり両手を合わせたかと思うと、ギュッと目を瞑るものだからびっくりしたのはわたしの方だ。


「ど、どうしたの?リディア」
「お願いっ!消し子、一緒に生徒会に入って欲しいの!」
「……ええ?」


やっぱり変な声が出た。今度は朝だからとかじゃなく、親友のお願いがあまりにも想定外だったからだ。リディアが生徒会に入るつもりだったのは前から知っていたけど、わたしも一緒にってどういうことだろう。リディアは1人だと怖いから、なんて理由をつけるような情けない子じゃない。そもそもリディアが生徒会に入りたがっていた理由は知り合いがいるからなのだ。それはおかしい。
訝しい表情を浮かべているだろうわたしに、両手を合わせたままリディアは話し出した。


「あのね、昨日セシルに生徒会に入るつもりって言ったんだけど…」
「セシル先輩って…生徒会長だよね?」
「うん。そしたらね、2年の生徒会希望者がすごく少なくて困ってるらしいの。だから周りに成績が良くて、しっかり者の子がいたらぜひ誘ってみてくれないか…って。消し子だったらわたしも安心だし、お願いできないかな」


それでわたしに声をかけた、ということらしい。うーん…リディアに成績が良くてしっかり者って思われてたのはうれしいけど、生徒会かあ…。
うちの高校の生徒会といえば、なにより先に顔がいいことで知られている。もちろんそれだけじゃなく、仕事も行事運営もきちんとこなしている。特に生徒会長のセシル先輩とか、頭はいいし人当たりはいいし先生からのウケもいい。そしてなにより顔立ちがいい。男の人なのに美人というか、整った顔が優しそうな雰囲気を醸し出している。書記のローザ先輩は学校一の美女だ。去年のミスコンには出なかったものの、彼女が一位であることはコンテストをやる前からみんなわかっていた。リディアも入るならその要素はますます強まるにちがいない。
別に顔がどうこうで決めるつもりはないけど、あのカリスマな面々の中に自分が入ることを想像すると……正直気が乗らない。わたし、普通の一生徒だし。


「わたしは…ちょっと……うーん」
「だ、だめかな…?」


う…。そうやって上目遣いで目を潤ませないでください、リディアさん。ほんとかわいいから。そんな縋るような目で見られると、自分がなにか大罪を犯しているような気分になる。実際周りのクラスメートから「リディアちゃんになんて顔させてんだよ」的な視線が突き刺さっている。うわあなにこの空気、すごく断りづらい。


「で…でもわたしに生徒会の仕事とか、できるかわからないし」
「大丈夫よ、消し子だもん」
「ええええ」
「それにそれに、」


ぐ、と前屈みになったリディアがわたしの耳元でそっと囁く。


「生徒会にはカインもいるし」


ブッ!盛大に吹き出すと周りから冷たい視線のシャワーが浴びせられた。あんまりだ。眉を寄せてリディアを睨む。なんてことない顔で微笑まれた。これだから天然は……悪気がないぶんたちが悪い。


「…関係ないでしょ、それは」
「関係あるわよ。今よりずっと仲良くなれるじゃない!」
「今よりって……別に今も仲良くないし…」


カイン先輩はわたしのことなんて知らないだろうし。ごにょごにょと呟けば、リディアは大きな瞳を輝かせた。


「だったらこれから知ってもらえばいいでしょ!」
「で、でもだからって生徒会に入るのは――」


別問題だよ!と言い切る前に、チャイムが教室に鳴り響いた。リディアはにっこり笑って席に戻っていった。決定打は打った、というかのような笑みだった。その通りなのだから参ってしまう。
…カイン先輩、かあ。靡く金色の髪を思いだし、ひとりで照れたわたしは机に突っ伏した。隣の男子に冷めた目で見られた。






銀髪のそいつがうちのクラスにやってきたのは昼休みのこと。自慢の駿足を生かして(もっと別のことに生かせばいいのに)わたしたちの席に駆け寄ってきたエッジはリディアに笑顔で、わたしにはおまけ程度に挨拶をする。


「聞いたぜリディア!俺に話してくれりゃあいいのによ、水臭いぜ!」
「?なんのこと?」
「生徒会のことだよ!人手がいなくて困ってんだろ?」


誰から聞いたのか問いただせば、ソース元はツキノワ君だという。こいつは後輩の使い方を間違っていると常々思う。ツキノワ君も可哀相に、こんな先輩を持って……。わたしが心から同情している横で、リディアは面倒そうな顔を隠すわけでもなく言いきった。


「エッジは成績良くないし、仕事サボるじゃない」
「サボんないサボんない!それに成績は関係ねーだろ、生徒会入るのには」


エッジはへらへらしながら片手を振った。たしかにエッジの言う通り、生徒会に入るのに特別な条件はない。あのカリスマ的な生徒会に入りたがる人がいないだけなのだ。正直エッジのサボらないなんて信用できないと思うし、こいつの場合生徒会よりリディアと一緒にいたいって下心の方が大きいにちがいない。けどわたしとしてもエッジが生徒会に入ってくれれば枠が減るわけで、リディアのお願いを断る理由にもなるわけだ。脳裏にちらつく金色の髪の誘惑から必死に目を逸らしながらリディアの返答を待つ。


「…セシルたちに迷惑かけない?」
「もちろん!」
「……じゃあ、いいよ。放課後一緒に顔出しに行くから勝手に帰らないでね」
「っしゃ!…あ、ところでお前も入るんだよな?」
「え?わたし?」


突然話を振られて動揺する。エッジは当たり前のように言った。


「頭数は多い方がいいだろ。お前リディアと仲いいし」


これからよろしく頼むぜ!とエッジは白い歯を見せて笑った。え、別にわたし、生徒会に入るなんて一言も言ってないんですけど。否定する間もなくエッジは走り去ってしまった。イザヨイさんに教科書を忘れたから借りに行くらしい。つくづくエッジ4人衆に同情する。


「…あの馬鹿…」
「いいじゃない、エッジもやる気になればちゃんとやるだろうし。…多分」
「多分なんだ……っていうかわたし、生徒会入るって決めたわけじゃないからね!」
「決めてないってことは迷ってるんでしょ?」


う。応えに詰まると、リディアはちょっとだけ眉を下げて微笑んだ。


「やってみようよ。きっと、消し子にとっても素敵な思い出になると思うの」


そうかなあ。リディアに言われるとそんな気がしてくるのだから、わたしは安いやつだと思う。それもこれもリディアが可愛すぎるのが悪いんだ。頭の中をよぎる金色に、ため息を吐きひとり瞼を閉じた。



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