セッツァー、と呼んだ声は鳴り響く機械音によって掻き消された。もう一度声を張り上げる。


「セッツァー!!」
「ああ!?」


ドスの効いた声が返ってきた。「お昼、持ってきたよ!」しばらくの沈黙、そののち了承の返事が耳に届く。なんでわたしがこんな大声出さなきゃいけないんだろうなあ。マッシュとかに頼めばよかった。ヒリヒリする喉を押さえながら後悔する。まあ、セリスに頼まれて了解したのはわたし自身なんだけど。
足を踏み入れたファルコン号はいつもと違って油くさい。いろいろな音が反響して耳がおかしくなりそうだ。誰もいない客室や廊下を抜けてたどり着いたエンジンルームにセッツァーはいた。


「おつかれさま」
「おう、悪いな」


口を動かしながら作業する手も止めない。こっちを見ようとすらしない傷だからけの横顔はススだらけ、ひとつにまとめられた自慢の銀色の髪もところどころ黒く染まってしまっている。いつもクールで掴み所のない彼が、汗を流して働いている姿は新鮮だった。汚れ仕事は嫌がりそうなイメージがあったのに、やはり飛空艇のこととなると話が違うらしい。セッツァーの船に対する情熱は相当なものである。ブラックジャック号を失った手前、今度はちゃんと自分の手で直してやりたいんだろう。

床に転がる工具を適当によけてスペースをつくる。腰を降ろすと振動が直に伝わってきた。まるで鼓動のようなそれが、目の前の男を引き付けてやまない。足元のボルトを拾い上げ指でいじりながらセッツァーを仰ぎ見る。鬱陶しそうに髪を振り払うセッツァーのこめかみを汗がつたう。


「ねぇ、休憩したら?早く食べないとお弁当わたしが食べちゃうよ」


セッツァーは少し考えたあと、「この悪食め」と言いつつ軍手を外した。失礼な。首にかけたタオルで汗をぬぐい、わたしの隣に腰掛ける。だらしなく両足を伸ばしてため息をつく様子をみると、かなり疲れているようだ。抱えてきた包みから水筒を取り出して手渡す。


「お前は?」
「食べてきた。だからデザートちょうだい」
「俺のだろ」
「まあね」


呆れ顔で弁当の蓋を開けるセッツァー。ティナとセリスが用意したそれはまだ温かく、おいしそうな匂いが油くさいエンジンルームに広がった。フォークで卵焼きをぶすりと刺して目の前に差し出される。ぱくり、食いつくのはもはや反射だ。


「おいひい」
「そりゃあよかったな」


それからセッツァーは黙々と食べはじめ、わたしも黙って膝を抱える。頭の中まで響くファルコン号の鼓動、カタカタと工具が揺れる音。いるのはわたしとセッツァーのふたりきり。いつも乗っているファルコンの知らない面を見たような気がする。セッツァーのように惹かれたりはしないけれど。


「まだかかりそう?修理」
「ああ、ちょっと気になる部分があったからな。この機会にチェックしておく」
「やり過ぎじゃない?昨日ちゃんと休んだ?」
「心配性だな、お前」
「やさしいでしょ」
「お節介ともいう」


ああ言えばこう言う。減らず口を叩きながらセッツァーはわたしを抱き寄せた。ファルコンと同じ匂いのする身体に包まれる。見上げればセッツァーの、傷だらけの顔があった。伏せられたまつげが綺麗。セリスのような柔らかさも、エドガーのような穏やかさもないけれど、わたしは彼をうつくしいと思う。


「お節介なんじゃないの?」
「俺が休まねぇと誰かさんが気になって気になって休めなくなるだろうと思ってな」
「素直じゃない」
「そこに惚れたんだろ」


ちょっと黙ってろ、言葉と共に唇が塞がれる。皮肉ばっかり言って、本当は無理してるんでしょう。少しでもこの不器用なひとが休めますよう 祈りながら目を閉じた。


101019
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