「外に出たい」
「無理だよ。この砂嵐のなか外へ出たら危険だ」


本日何度くりかえされたのか、もう数えるのすら憂鬱になるやりとりをわたしたちはくりかえす。ファルコン号のソファで寝返りをうちながら窓へ目をやると、ここ最近で特にひどいという砂嵐の色しか見えなかった。どうせ晴れていたって果てのみえない砂漠と毒々しい赤に染まった空しかみえないんだけれど、それでも艇内にひびくザアザアという音や窓をたたき付ける砂粒は、わたしのアンニュイな気持ちの背中を押すのに十分役だっていた。


「こんなところに引きこもってたらわたしはカビてしまう。菌に犯される」
「安心しなさい、この砂漠の中の湿度なんてたかがしれている」
「干からびてしぬ」
「干し物はいいな。長持ちする」


わたしは早々にエドガーとの会話をあきらめた。どうやら彼の頭にも砂が入り込んでしまったらしい、というか単にわたしの相手をするのが面倒なのだろう。さっきからエドガーはわたしには理解できそうもない分厚い本を読んでいる。そんなに暇ならと奨められたけれど謙虚にきっぱりと断った。あんな分厚い小難しい本を読んでいたらわたしの頭が先に干物になってしまう。


艇内は、たたき付ける砂の音を除けばとても静かだ。静かなのは落ち着かない。追い立てるような砂の音が、さらにわたしをせわしない気持ちにさせる。廊下をウロウロしていたところをエドガー誘われるままにこの部屋に来たけれど、やはりわたしの心は浮いていた。こんなところで足止めを食っている暇はないという焦りもあったのだろう。わたしたちは急がなければならないのだ。
ソファーから身を起こし、エドガーに目をやった。相変わらず本に没頭している。声をかけるのは悪いかなと思い、いなくなったって気づかないだろうと勝手に推測して部屋を出る。ドアを閉めた音は絶え間ない砂音に掻き消された。




ギイギイとどこかで音がする。廊下に出ると砂の音はいっそう大きくなった。小さいころ雷が鳴るとよくクローゼットに隠れた、あのときの気分を思い出した。広大な砂漠のなかのちっぽけな飛空艇。あの頃よりずいぶん大きくなったけれど、世界は相変わらず広くて、わたしの都合とは掛け離れたところで動いている。こんな広い世界でちっぽけなわたしたちがどれだけ頑張ったって、もっともっと強い力に押し流されて終わりなんじゃないだろうか。そんなことを考えながら外へ繋がる扉を開けた。


身体を目一杯外へ押し出して扉を閉めた途端、勢いよく壁にたたき付けられた。背中がいたい。目が開けられない。全身を砂粒が襲う。ひとつひとつは小さいくせにこんな痛いなんて反則だ。その場に立っているのが限界。それはもう、強大な力だった。
どうする、これからどうする。外へ出てみたもののこれでは身動きがとれないし、そもそもここが砂漠のどの辺りなのか、どっちが北でどっちが南なのかもあやふやだ。どうしよう。ともあれ必死に一歩踏み出したとき、急に風向きが変わった。横っ面に砂の猛攻をもろに受けてわたしの身体がぐらりと揺れる。踏ん張っていた右足がずるりと滑った。ぎゃあ、と叫ぼうと開いた口が一瞬で砂まみれになる。まずいこれはまずい吹き飛ばされる、だれかたすけて!声にならない叫びを上げた。
そのときだ。
わたしの身体を何かが包み込んだ。というよりは引っつかまれたという方が正しい。ぐらり傾いたわたしを支えて引っ張られる。ぐいぐいと引っ張られながら顔を上げると、大きなマントをはためかせて立っているのはエドガーだった。いつもは綺麗に整った顔が余裕なく歪んでいる。それでもわたしの視線に気づくと、エドガーはにこりと笑った。エドガー、名前を呼ぼうと開いた口にまた砂が入ってきたので、わたしは黙ってエドガーに引っ張られることになった。
砂嵐に追い立てられながら、なんとか飛空艇の扉を閉める。エドガーがガチャリと固い錠を下ろしたとたん、セッツァーの怒鳴り声が飛んできた。


「馬鹿野郎ども!俺の船を砂まみれにする気か!」


返す言葉もない。二回、エドガーが開いた分も含めて三回も扉を開いたせいで、入り口付近が砂でいっぱいになってしまっていた。セッツァーはそのまま「ちゃんと砂落としてから入らねぇと、また外にたたき出すからな」とお母さんのようなお説教をしてから顔を引っ込めた。ふう、と息を吐く。ついでにパラパラと砂が落ちた。口の中がじゃりじゃりして不快だ。うがいをしたいなあと思いつつ隣のエドガーを見上げた。さっきの表情はどこへやら、いつもの飄々とした顔に戻って優雅に砂を払っている。


「エドガー」
「なんだい?」
「びっくりした」


思ったことをそのまま口に出すと、エドガーは口を尖らせた。
「びっくりしたのは私の方だよ。本当に外に出ようとするんだから」
「気づいてないかと思ったのに」
「君が部屋を出ていったのを、私が気づかないはずないだろう?」


自信に満ちた顔でそう言われてしまえば、その通りですと答えるしかない。エドガーは羽織っていたマントを脱いで畳むとわたしの横に座り込んだ。きれいな青のひとみがわたしを覗き込む。


「危ないところだったな」
「うん」
「だから出るなと言っただろう」
「ごめんなさい」
「外に出てどうするつもりだったんだ?」
「それは……」


わからないよ、と答えると、エドガーはほんの少しだけ眉を上げた。わたしだってわからない。外へ出て、どうするつもりだったんだろう。ばかみたいなことをした。エドガーは怒るわけでもなくわたしを見つめている。やるせない気持ちになって、わたしは外へ出るまでに考えていたことを話した。世界は広くて、途方もない力でわたしたちを飲み込んでいって、その中でわたしたちがどれだけ抗ったって無駄なんじゃないか。わたしたちに何が出来るっていうんだろう。あんなに簡単に吹き飛ばされてしまうのに。
エドガーは黙って聞いていた。わたしは熱に浮かされたように喋った。そして話しきったあと、エドガーが綺麗な指でわたしの頬を拭った。わたしは泣いていた。


「みんなどこにいるんだろう。ねぇ、みんな生きてるのかな、また会えるのかな」


啜り泣くわたしの背中をエドガーの大きな手の平が優しくさする。こんなことじゃだめだ。泣いていたって始まらないとわかってるのに、やっぱり不安で仕方がない。血で染まったみたいに赤い空。焼けただれた大地。マグマのような海。どこまでも高くそびえる瓦礫の塔。世界の終わりみたいだと思った。この砂嵐が、みんな洗い流してくれたらいいのに。そう言うと、そうだね、とエドガーは寂しそうに笑った。それから、どこか遠くを見つめて言う。


「大丈夫だ。あいつらは強い。きっと生きている。生きているんだから、また会うことだって出来る」
「エドガー……」
「私たちはちっぽけな存在かもしれないが、少なくともひとりではない。ひとりなのはケフカの方だ。どれだけ奴が強大な力を身につけようが、私たちが共に戦っている限り負けることはないさ」


だから、焦ることはないんだよ。エドガーに肩を抱かれながらわたしは何度も頷いた。わたしの先へ先へとはやる気持ちを、エドガーはお見通しだったのだ。やっぱり彼には敵わないんだなあと思いつつ、みんなに会いたいなあとも思った。エドガーが会えるって言うんだから、きっと会えるんだろう。会いに行こう、そう呟いたわたしの頭をくしゃくしゃにしながら、エドガーが目を細めた。


「ああ、会いに行こう」


どこかの高い高い塔のてっぺんでお待ちのかみさま、わたしはこんな世界いりません。いつかみんなで、あなたのところへ返しにいきます。だからもう少しだけ待っていて せめて、この嵐がやむまでは


すべてを押し流すような砂嵐が、静かに窓を叩いていた。


さかさまはいらない
100818/悠久提出
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