なまえが目覚めたその日、私は久しぶりにぐっすりと寝た。今まで睡眠といえるほどの睡眠をとっていなかった分、半日以上 それこそ死んだように寝ていた。今度はエドガーが目覚めなくなるかと思った、となまえは笑った。あまり笑える冗談ではない。ただ、目を覚ましたとき隣になまえが居て、微笑んでくれたから、もうどうでもよくなってしまった。椅子に掛けてあったカーディガンを細い肩にかけてやる。
「寝たきりだからつまらないんじゃないか?」
「ううん。さっきまでマッシュたちがいてね、たくさん話をしてくれたよ」
「そうか。それならよかった」
なまえが起きたと知って、皆安心したことだろう。だれもが不安を心に留めながらなまえを待っていたのだ。なまえは楽しそうに笑う。
「リルムもいたんだけど、面白い話を聞いちゃった」
「…どうせ私が今までどれだけ腑抜けていたかとか、そんなことだろう」
「正解。ほっぺをつねってもボーッとしてたなんて、びっくりしちゃった」
「笑い事じゃないさ、それほど君が心配だったんだよ」
うん、ごめんね となまえが謝る。ごめんじゃくてありがとうと言ってほしいところだったが、口にする代わりにやわらかな黒髪を撫でた。
「あと、ロックに殴られたって」
「ああ、あれは痛かったな」
「ロックもそんなことするんだね…」
「あれもあいつなりの励ましだったんだろう」
「どういう意味?」
「説明するのは難しいな。…なまえ、レイチェルの話を覚えているかい?」
「レイチェル…ロックの昔の恋人のこと だよね」
そう レイチェル。コーリンゲンの村で美しい花々に囲まれ、目覚めのときを待つ少女。思い返せば、なまえはどことなく彼女に似ていた。
「なまえが眠っている間、私はロックの気持ちがわかるような気がしたよ」
もしこのままなまえが目覚めなかったら。なまえが死んでしまったら。私は怪しげな薬でもなんでも手に入れて、なまえを引き止めようとしたかもしれない。ロックが、老人からもらった薬でレイチェルの時を止めたように。そしてなまえを生き帰らせるためならば、私は何だってしただろう。たとえそれがどれほど愚かで間違っていようとも。なまえがそれを望んでいなかったとしても。
なまえは黙って私の話を聞いていた。私が口を閉じると、悲しげに目尻を下げた。
「…心配させてごめんなさい」
「君は私を庇って怪我したんじゃないか。謝ることはないよ」
「ロックは、今もずっとそんな気持ちなんだね」
「私とは比べものにならないだろうけどね」
ふと、なまえが窓の外へ視線を移した。もう日暮れだ。沈みかけた赤い太陽は、私たちの旅がまだ続いていることを告げていた。ロックは、レイチェルを蘇らせるために。私は、なまえをしあわせな世界へ連れていくために。
「エドガー、もし…もしわたしが死んでも、引き止めたりはしないでね」
「…保障はできないな」
「わたしはね、今のエドガーがいいよ。わたしの時間だけが止まるなんて寂しい。わたしはエドガーと同じ時間を生きて、おばさんやおばあちゃんになって、エドガーと一緒に居たいから」
最後にやさしく微笑んで、なまえはまぶたを下ろした。寝てしまったようだ。目を覚ましたばかりなのにたくさん喋ったから、疲れたんだろう。
おばさんやおばあちゃんになったなまえか。その隣には、おじさんやおじいさんになった私が居るんだろうか。想像してみるとそれはなかなかおかしな、美しいまぼろしに思えた。
この壊れかけた世界に、なまえは私と同じ時間を歩むために戻ってきた。ならば、いつか、そんな未来が来るのだろう。安らかに寝息をたてるなまえの耳元で囁く。
私もそう思うよ。
うつくしい未来でまってて
100613