なまえが大怪我をした。モンスターに囲まれ背中がおろそかになっていた自分を庇って、なまえの細いからだは引き裂かれた。しかもそのモンスターというのが毒をもったこれまた悪質なやつで、毒に蝕まれたなまえは意識不明の重体となった。無理に動かすこともままならず、近隣の村の宿屋で看病をする。一刻の猶予もないのは私たちの旅だって同じなはずだけれど、誰も文句は言わなかった。言えなかったし 言わせない。私たちはなまえが大好きだから。文句こそだれも言わなかったが、ロックには一発殴られた。惚れた女を守れなかった、それどころか守られ傷つけてしまった その気持ちが心底わかるから、叱咤したのだろう。しっかりしなければと思った。


宿屋の特別柔らかくもないベッドの上になまえは寝ていた。瞼はかたく閉じられている。傷は癒えたと、フィガロからわざわざ呼び寄せたかかりつけの老医者は言っていた。からだが必死に毒とたたかっている。だから目覚めないのだと。傷自体は深くなかったため跡にはのこらなかった。せめてもの救いだ。なまえのきれいな肌に傷痕が残ったりしたら、それこそ私は死んでも償いきれない。たたかっている か。なまえは深いふかい夢の中でも、かわらず闘っているんだな。穏やかな寝顔からは想像もつかない。それは起きているときも同じだった。かなしいことだ 彼女はこんなにも愛らしく優しさを持った女性なのに。私が彼女を救ってやれたなら。争いのない平和な世界で、なまえとしあわせに暮らせたなら。
そう 思っていたはずなんだがなあ


視界があかるくなって、目を細める。頭を上げると窓辺にマッシュが立っていた。太陽の光が白いシーツに反射してやけにまぶしい。来てたのか そう声をかければマッシュは呆れたように片方の眉を下げた。


「さっきからずっと居たぜ。気づかなかったのか?」
「まったく」
「もう昼だってのにカーテンも閉めたままだし…」
「もうそんな時間か」
「はあ…重症だな」
「なまえに比べたら、なんてことないさ」


笑ってみせても、力が入ってないのが自分でわかった。情けない。けれどどうしようもなかった。マッシュは何も言わずベッドへ近寄る。日の光に照らされたなまえは相変わらずきれいだった。薄桃色の唇は言葉をつむがない。この光がなまえの盾となり、恐ろしい毒から彼女を守ってくれないだろうか。


「早く目覚めるといいな」


ありきたりな台詞だったが、そこには一片のお世話も含まれてはいない。ただ 心からの願いだった。ああ。つよく頷く。
マッシュは皆がなまえを心配していること、なまえだけでなく私も心配していること、それとあまり根を詰めすぎないようにと釘をさして部屋を出ていった。しっかりした片割れを持ったものだ。どちらが弟だかわからないな。苦笑が漏れる。兄としての威厳がなくならないうちに、なまえに目覚めてもらいたい。




そんな願いが夢の中のなまえに届いたのかは定かではないが、そのときなまえの唇がかすかに動いたのを私は見逃さなかった。ハッとしてベッドの上を凝視する。ゆっくりと瞼がもちあがる。オペラ座の幕のように静かに仰々しく なまえは目を開けた。ぱちり。まばたきをくり返し、黒いおおきなひとみが辺りを見回す。それが私の顔の前で静止したとき、かたちのいい唇がちいさく動いた。


「…エド ガー…?」


紡がれたのはたしかに自分の名前で、発したのは愛してやまないなまえだった。なまえは目覚めた。ちいさなそのからだで毒を打ち負かし、彼女は戻ってきた。その事実が体中を駆け巡る。つまさきまで染み渡ったころ、ようやく私は口を開くことができた。


「なまえ…」
「…ここ、どこ…」
「宿屋だよ。なまえ、よく頑張ったね」
「エドガー…?」
「おかえり」


おかえり、なまえ。私はよこたわる細い身体を少しだけ強く抱きしめた。


100612
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