つまらない日々だ。親父の暗殺に失敗し、質素なわりにやたら利便性のある部屋に閉じ込められた。軟禁状態というにはなかなかの優遇 自業自得 見張りのタークス 白い壁。
暇だ。

もとより暇だからといってゴロゴロするような教育は受けていない。暇人とは何をすればいいのか。幼い頃の教えをいくら反芻しても答は出なかった。当たり前だ 教わっていない。


同じような日々の繰り返しの中で、人間は進化することなどあるのだろうか。否だ。変化の中でこそヒトは更なる進化を遂げる。つまり今の自分が人間の進化について思慮を巡らせたところで何の発見も見いだせないということだ。だったら何をすればいいんだ。思考はふたたび堂々巡りを繰り返す。


「だれかいるのー?」


高い声。昨日までにはなかったもの。異質。目にはいったのは子供だった。9、10歳くらいだろうか、まんまるい目がキョロキョロとせわしなく動いている。チェックの青いワンピースに白いカーディガン。特別着飾っていないところを見ると、どこかの令嬢ということではないようだ。社員が自分の娘を連れてきたか、展示ブースに遊びにきたつもりが迷い込んでしまったか そんなところだろう。うちの会社には警備員が沢山いるというのに器用な子供だ。あらためて見回すとタークスも居ない。運がいいんだか悪いんだか。
子供は俺の姿を見つけると、案の定顔をほころばせて歩み寄ってきた。こんにちは。何も考えていない顔でへらりと笑う。自分が迷子で、かなりきわどいところまで侵入していることなど露ほども気づいていないに違いない。


「お前、どうやってここまで来た?」
「おとうさんがねー、連れてきてくれたの。今日はおかあさんがお出かけだから」


少女は笑顔で見当違いの答えを返した。ため息がでる。察するに神羅の社員の娘だろう。タークスに見つかったら面倒だ、俺が。


「来た道を覚えているか?早く父親のところへ帰れ」
「やだ」
「なんで」
「おとうさん仕事だからまってなきゃだもん」
「ここで待ってろと言われたわけじゃないだろ。勝手に歩き回っていたら叱られるぞ」


もっと怖い奴らにな。


「だってここ、つまんないんだもん!お兄ちゃんはたのしいの?」
「楽しいわけないだろう」
「じゃあお兄ちゃん、遊ぼう!」
「断る。そもそも無理だ」
「なんで?」
「俺はここから出られないんだ。」
「どうして出られないの?」
「閉じ込められているからな」
「だれに?悪いひと?」


悪いひと、か。どうだろうな。あの憎々しい顔を思い浮かべるが、いまいちわからなかった。ろくでもないことは散々してきただろうが、それらはすべて会社のためだ。ひとえに 悪いこと とは言えない。


「悪いやつかは知らんが、閉じ込めたのは親父さ」
「オヤジ?」
「父親」
「おとうさん?」
「そうだ」
「おとうさん怖いね」
「別に怖くはない」
「わたしのおとうさんは怒ってもとじこめたりしないよ。怖いけど」
「そうだろうな」
「お兄ちゃん、おとうさんをたくさん怒らせたんだねぇ」
「殺そうとしていたからな」
「ころ…?」
「たくさん怒らせることだ」
「ふうん」
「お前はするなよ。閉じ込められるぞ」
「うん、しない」


少女は神妙な面持ちで頷いた。肝に銘じたらしい。どこまで理解しているのか謎だ。
べらべら喋っていて気がつかなかったが、そういえば随分と時間がたっている。トイレか何だか知らないがタークスが戻ってきてもおかしくはない頃合いだ。そろそろこの子供を帰した方がいいだろう。いっそタークスに任せてしまうかとも思ったが、それより先に少女が口を開いた。


「お兄ちゃん、わたし帰るね。おとうさん怒らせたらだめだもんね」
「帰れるのか?」
「うん。ここまで来るのに、かべにしるし付けてきたから。クレヨンこんなにちっちゃくなっちゃった」
「……」


青い鳥か。まあ、パン屑を落とすよりは確実な方法だ。子供の知恵らしい。青いワンピースの少女は、どことなく幼いころ読んだ童話の中の小鳥を連想させる。幸福の青いとり どうせなら俺をここから連れ出して欲しいものだ。


「だったら早く帰れ。父親に俺のことを話したら駄目だぞ」
「はなしたらどうなるの?」
「お前も閉じ込められる」
「いやああああああああ」


少女はあわてて走り出した。途中で振り返り、「おとうさんにごめんなさい言わないとだめですよ!」と叫んだ。悪いがそれは叶いそうにない。後ろ姿が廊下の角で見えなくなる。残ったのは俺と静寂。嵐が過ぎ去ったかのようだった。じつにあっけない。



「副社長?どうかしました?」


反対側の廊下の角から出てきたのはタークスの新人だった。交代の時間だったらしい。何でもないと頭を振る。不思議そうに首を傾げたタークスの女は、「なんだか嬉しそうな顔に見えますけど」と言った。


「…そうか?」
「私にはそう見えます。…あれ?何でしょうこれ…こんな青い線、ありましたっけ?」


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