最近わたしがよく思うことは、ミシディアうさぎになりたいなあってこと。可愛らしい誰にでも愛されるそのフォルム、例外なくわたしたちの傷を癒してくれる優しさ、擦り減った感性を安らげてくれる鳴き声、仕草。生まれ変われるならそんなうさぎにわたしはなりたい。
セッツァーの連れているミシディアうさぎは、極度の人見知りらしく戦闘中を除くとめったに会えない。もちろん懐いているセッツァーは例外だ。だから会いたいときはセッツァーのところに行く。ブラックジャック号の船長室でなにやら書き物をしていたセッツァーは、わたしに気づくと呆れたように眉を寄せた。


「また来たのか」
「だって会いたいんだもん」


今日はいる?と尋ねると、いつだっているだろと返された。ミシディアうさぎはセッツァーのペットでこそないけれど、いつもセッツァーの近くに隠れてる。ベッドの下からクローゼットの隙間まで、いろんなところから出てくるのだ。いつ移動しているのか気になるけど、セッツァーは見たことがないらしい。といっても彼のことだから、単に気づいてないだけなのかも。セッツァーは小さいものには興味ないらしい。らしいといえばらしいけど、だったらなんでうさぎはセッツァーに懐いているんだろうか。こっそり餌付けしてたりして。…うん、想像できない。


「呼んで呼んで!」
「ったく、俺は今忙しいんだよ」
「呼んでくれるだけでいいから。ぜったい邪魔しないよ、ね?」
「…ハア…」


おおげさにため息をつくと、セッツァーは何もないところに向かって「おい、出てこい」と言った。
間をあけて、カーテンの間からぴょこんと長い耳が現れる。愛らしいまんまるの赤い目が、ぱちぱちとまばたきした。セッツァーを見て、それからわたし。
セッツァーはうさぎの姿を確認すると再び書き物を始めた。邪魔をしないように遠回りでうさぎに近寄る。怯えさせないように ゆっくりゆっくり。考えてみればモンスターの前で平気で回復してくれるような子なんだし、わたしくらいに怯えることなんてないような気もするけど…こんな小さな可愛い生き物には、どうしたって慎重に接したくなる。


「こんにちは。また来たよ」


控えめにしゃべりかける。うさぎはじいっとわたしを見つめたあと、またセッツァーの方を見た。ほんとにセッツァーが好きなうさぎだなあ。わたしだってしょっちゅう会いに来てるのに、ぜんぜん仲よくなれてる気がしない。セッツァー>>>>|越えられない壁|>>>わたし みたいな……。
やっとわたしに向き直ってくれたうさぎに、ふたたび話しかける。


「こないだはありがとう。あそこで回復してくれなかったらわたし、危なかったかも」
「…むぐ?」


ミシディアうさぎはよくわからなそうな仕草で首を傾げている。まあ、実際はこの子のおかげというよりスロットを外したセッツァーのおかげなんだけどね。気を取り直してポケットから用意してきたものを取り出す。


「これはお礼のニンジンだよ。つまらないものですが」
「餌付けじゃねぇか」
「ほんの気持ちですー」


一口サイズにカットしてあるニンジンを手の平に乗せてうさぎに差し出すと、うさぎはピクリと反応した。やっぱりうさぎにはニンジンだ。警戒しているのか、なかなか近づいて来ようとしないうさぎをじっと待つ。部屋にはセッツァーがペンを走らせる音だけが響いている。

たっぷり一分はたったころ、うさぎはちょこちょことわたしの方へ歩いてきた。鼻をヒクヒクさせてニンジンの匂いを確かめると、ぱくりと一口。もぐもぐ咀嚼して手の平をぺろりとなめる。あったかかった。


「た、食べた…!」
「むぐむぐ…」
「セッツァー今の見た?やったよ!」
「あーハイハイ良かったな」
「あ もうひとつ食べる?」
「むぐ」


残りのふたつをたいらげ、うさぎはもう一度首を傾げた。もうないの?と言いたいんだろう。残念ながらもうポケットは空だ。ごめんね と言いながら右手をひらひらさせると、うさぎはつまらなそうに鼻をスンと鳴らした。今度はもっと持ってこようと心に誓う。
ニンジンもなくなったことだし今日はこれくらいにしようと思ったものの、人間の欲は尽きることがない。せっかくここまで近づけたんだしやっぱり、さわりたい。こんな近くに雪みたいに白いフワフワな毛並みがあるのにさわらないなんて無理。


「し、失礼しまーす…」


そうっとうさぎの頭上に手を伸ばす。うさぎは目をキョロキョロさせるだけで逃げるようすはなかった。このまま、このまま……
ようやく右手が柔らかい毛並みの上に着地する。フワフワであったかくて、撫でていると心がぽわぽわしてきた。


「こ、これが萌え…!」
「なに言ってんだお前」


うさぎは嫌がりもせずされるがままだ。どうやら好きなだけさわらせてくれるらしい。ニンジンのお礼なのかもしれない。落とさないよう注意しながら抱き上げ、もこもこの体を包み込んだ。かわいい。すごく癒される。
感嘆の声を上げてうさぎを抱きしめるわたしを、ペンを置いたセッツァーがじっと見下ろした。仕事、終わったのかな。邪魔しないから と言ったわりにけっこう邪魔してしまっていた気がするので、うさぎを胸に抱いたままセッツァーを見上げ返した。


「ごめんなさいセッツァー。うるさかったよね」
「いまさらしおらしくしてもおせぇだろうが。ま お前が満足できたなら良かったんじゃねぇの」
「うん、すごくよかった!」
「まったく何が楽しいんだか…」


呆れたようにいいながらも、セッツァーは一度もわたしを邪魔だと追い出したことはない。どうしてかな、じぶんの時間を邪魔されるのを極端に嫌がるひとなのに。そういえば怒られてもいない。
セッツァーは実はやさしいひとなのかもしれない。だからたとえ構ってもらえなくても、ミシディアうさぎはセッツァーになついているんだろう。


「だって好きなんだもん。わたし、生まれ変わったらミシディアうさぎになりたいな」


満面の笑みを浮かべると、セッツァーはつまらなそうに そうかよ と鼻を鳴らした。あ 今のちょっとうさぎに似てたかも。もぞもぞ動くうさぎの頭を撫でるわたしの横で、セッツァーは深くため息をついた。


「俺もなりてェよ…」
「え?セッツァー何か言った?」


「…うさぎに抜け駆けされちまいそうだな…」セッツァーが小声で呟いたことをわたしが知るのは、もっとずっとあとの話。


100525
セッツァーのつもりだった
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