フィガロ城の門をくぐると、大臣から聞いた通り見慣れた後ろ姿があった。小さな背中がますます縮んで見えるのは、おそらく気のせいではない。わざと足音を立てながら彼女が座る石段の隣に腰を下ろす。ちらりと横目をこちらに向けて、すぐに視線は宙ぶらりんに戻った。これは何かあったな と確信する。最も、なまえが私の元へ来るときは、たいてい彼女に元気がないときなんだが。


「やあ、なまえ。今日もかわいいね」


彼女の横顔に向かって言う。いつも頬を紅潮させて「やめてよ、もう」と眉を寄せるなまえは、今日は何の反応も示さなかった。つまらないな。ためしに柔らかい黒髪に触れてみてみる。反抗されなかったので、そのまま頭を撫でた。触り心地がいい。さっきまで書類とペンばかり触っていた右手が癒されてゆくようだ。これはクセになりそうかもしれない。
しかしここまでさせてくれるとは…それほどの大事があったのだろうかと心配にもなる。


「なまえ、そろそろこっちを向いてくれないと淋しいんだけどな」
「……」
「キスするぞ?」
「実はねエドガー、わたし…」


ほんの少し顔を近づけると、なまえは即座に話し出した。それはそれで納得いかないような…。


「わたし、お見合いすることになっちゃった」
「…お見合い?」


こくりと頷きため息をこぼす。乗り気じゃないどころか相当嫌そうだ。なまえもいい年だし、親がいまだに独り身の自分を心配している という話はよく聞いていた。おそらく彼女の両親が娘を案じてお見合いなんて用意したんだろう。なまえは拾われた子だから、親の気持ちを無下にはできない。かといってお見合いもしたくない。なるほど、どうりでここまで悩むわけだ。
一通り推測したところで、なまえの頭に乗せていた手を肩に回す。思った通り嫌がることもなかった。普段からこのくらいスキンシップに寛容だったらいいんだけどね。これじゃあ弱っているなまえに付け込んでいるのと変わらないじゃないか。なんて思いつつ、柔らかい肩の感触を堪能する。


「断ったらどうだい?気が乗らないんだろう」
「そんなことできないよ…お母さんもお父さんも心配してくれてるのに」
「なまえは優しいからな」
「…エドガーは、そういうのないの?王様だし…」
「もちろんあるさ、山ほどね。大臣たちも身を固めろとうるさいし、全部断るのは本当に骨が折れる」
「どうして…」


そこまで言いかけて口をつぐんだ。話が逸れてると思ったんだろう。再び悲しげな顔で話し出す。


「やっぱり、その気がないのに会うのは失礼だよね。どうしたらいいのかな…」
「会うだけ会ってみたらどうだい?それでも嫌だったら断ればいい。ご両親だってきちんと話せば無理に進めたりしないはずだ」


なまえは私の顔をじっと見つめる。微笑んで見せれば、今日初めて彼女の口元が緩んだ。やっぱり笑った方がかわいいな。「ありがとうエドガー、やってみる」悩みが解消した彼女が立ち上がって歩きだす。若干の不安は残るが、まあなまえなら上手くやるだろう。途中で振り返ったなまえに手を振って、私も城の中に戻った。










そして一週間後。またも大臣に聞いて城門をくぐればなまえの姿があった。私に気がつくと、前とは打って変わったような笑顔で駆け寄ってくる。


「エドガー!久しぶり!」
「一週間ぶりだねなまえ。今日はずいぶん元気だな」
「え、そうかな?」
「ああ。何か良いことでもあったのかい?」


なまえはニコニコしながら話し出した。私に言われた通りお見合いを受けたものの、前日に相手の両親が体調を崩したため話はお流れになったらしい。喜ぶことじゃないんだけどね と眉を下げるなまえはそれでも嬉しさを隠しきれないようだった。なまえに合わせて眉を下げながら、心の底でホッと安堵する。なまえに限ってそんなことはないと思いながらも、やはり不安だった。嫌がりながらも実際に会ってみたら意気投合して、そのまま交際、結婚 というパターンはたまに聞く。白状してしまえばこの一週間、気になって仕方がなかったのだ。


「ともかく、なまえが元気になって良かった」
「エドガーのおかげだよ。いつもわたしの相談役になってくれるんだもん」
「レディが悩んでいる姿を黙って見ているなんて、男じゃないだろ?」


エドガーらしいね と笑うなまえは、男の下心なんて考えもしないに違いない。そんなところもかわいらしいけれど、いい加減もどかしいな。
気づかれないほど小さいため息を落とすと、なまえが思い出したように言った。


「そういえば、エドガーは前に結婚話はみんな断ってるって言ってたよね」
「ああ」
「わたしが言うのもおかしいけど、どうして?会ってみたくないの?女の人が好きなのに」
「うーん、どうしてだろうね」
「?」
「そうだな…なまえには特別に教えてあげるよ。そのうちね」
「そのうち?」
「でもあんまり焦らされると待ち切れなくなるからな。なるべく早く気づいてくれよ」
「???ど、努力します…?」


よくわかっていなさそうななまえは曖昧に私を見上げて、困ったように笑った。やっぱりかわいいな、なまえは。早くその笑顔を私だけに向けてくれる日が来るといい。見合い話を全部断るのは、本当に骨が折れるんだ。


100523
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