お前は連れていけない。


その言葉を理解した瞬間、どうしたらいいかわからなくなった。なんで?なんで、そんな。

最近のセッツァーは冷たかった。ケフカを倒してから、いや、私と付き合いだしてから。私と話していてもどこか別のところを見ていたり、かと思うとじっと私を見つめていたり。私がどうかしたのと問いただしても、 いや、何でもねぇ の一点張り。二人で出かけることも少なくなった。一緒に生活してるのに、私を避けている節さえあった。
ちゃんと気持ちを伝えて、想いが通って恋人同士になって、恋人らしいこともして。前より近くなったはずなのに、最近はいつも前より遠くなった気がする。セッツァーは私のことが嫌いになったんだろうか。私が邪魔になったから、「連れていけない」なんて言われたんだろうか……




とことん落ち込んだ私は、セリスのところに泣きついた。


「セッツァーがあなたを嫌いになった?…有り得ないと思うけれど…」
「でもあの反応、そうとしか思えないよ!」


セリスは指先で髪を耳に掛け、紅茶を啜った。セリスだからこそ絵になる優雅できれいな仕種。そういえばセッツァーは、セリスをお嫁さんにしようとしてたんだっけ。私もセリスみたいに美人だったら、セッツァーに嫌われずに済んだのかな……


「連れていけない、ね……なまえを連れていくには危ないと思ったんじゃない?」
「そんなのおかしい!今までずっと一緒に旅してきたのに!」
「それほど危険ってことなんじゃないの?」
「ケフカ以上に危険なことがある?」


身を乗り出して聞き返すと、セリスは困った顔で眉を寄せた。ああごめんねセリス、セリスは何も悪くないのに。もしかしたらこんな私だからセッツァーは嫌いになったのかもしれない。もうなにもかも悪い方向にしか考えられなくなってきた。
テーブルに突っ伏して嘆く私を諭すようにセリスが言う。


「とにかくきちんと話し合うべきよ。セッツァーがなまえを嫌いになるなんて、やっぱり信じられないわ」
「無理、絶対無理!」


セッツァーの顔見た瞬間泣いちゃう!もっと嫌われる!すでに泣きかけている顔で訴えれば、セリスは深くため息をついた。仕方ないわね、とつぶやく。仕方ないわね、あなたもセッツァーも。


「今日は泊まっていっていいわよ。どうせもう帰れないとか言うんでしょう」
「せ、セリス……!」


セリス大好き!!と叫んで感情に任せて抱き着いたら、「それはセッツァーに言いなさい」とすばやく返された。ごもっともです………




バッターン!
物凄い音をたててドアが開いたのは、そのほんの数秒後だった。同時に振り返った私の顔は青く、セリスの顔はたいして変化もなく。つかつかとわざとらしい足音を響かせて私に歩み寄ったのは、銀髪に黒いコート、他でもないセッツァーだったのだ。


「せ、セッツァー…」


どうしてここにいるの?と聞こうとしたのに、渇いた唇からこぼれるのは掠れた吐息だけ。セッツァーはちらっとセリスに視線を投げ、再び固まったままの私を見下ろした。無言。形容しがたい表情からは何の感情も読み取れなかった。漂う空気に私ばかりが焦ってゆく。


「…セッツァー…私…」
「何で勝手に出てった?」


押し殺した低い声から怒りが滲み出ているのを感じた。ああ、これは完全に怒ってる。怒らせてしまった。それでも、セッツァーがここまで追ってきてくれたことが嬉しい。私は精一杯心臓を落ち着かせて口を開いた。


「ごめんなさい…セリスに相談があって」
「……」
「黙って出てきてごめん。…その、だから…今日だけ泊まっていっていいかな…?」
「駄目だ」


え。
てっきり勝手にしやがれとか言われると思ったのに、セッツァーは相変わらず低い声でそう答えた。少し距離があってもわかるくらい眉間にシワが寄っている。
この場合私はどうしたらいい?このまま機嫌の悪いセッツァーとファルコンに戻ったって、良い結果が待っているはずがない。こういうときのセッツァーは私の話なんか聞こうともしないのだ。そして、こういうとき彼が駄目と言ったら駄目だということもよく知っている。
散々頭を悩ませていると、突然身体がふわりと浮いた。セリスがレデビトでも使ったのかと思ったら、持ち上げているのはセッツァーのたくましい両腕だった。セッツァーは軽々と私を担ぎ上げ、いわゆる俵担ぎの状態ですたすた歩きだす。わたわたしてる私など気にもせず、セッツァーは長い脚でドアを開けた。後ろから聞こえるセリスの文句も聞こえないフリ。

明日あらためて謝りに行こう……セッツァーの肩でぐったりしながら、私はドアを閉めるセリスに手を合わせた。







ドサ、と乱暴に降ろされたのはセッツァーの部屋のベッドだった。ようやく地面に足をつけてホッとする。セッツァーは黒いコートを壁に掛け、私の隣に腰を下ろした。
沈黙。

重い空気を破ったのは意外にもセッツァーだった。


「…何で勝手に出てった」


それ、さっきも聞いたよとは言えず、私は小一時間前と同じ返答をする。


「セリスに相談したかったの」
「何でセリスなんだよ。俺がいるだろ」
「そ、それは…」
「俺には言えねぇことなのか」


はいその通りです。そのまま答えるほど馬鹿ではないけれど、代わりに何と言ったらいいものか思い付かない。それになんだか今日のセッツァーはこわい。逆らってはいけないと本能が告げる。私はおずおずと話し出した。


「…セッツァーは、私のこともう好きじゃないのかなって思って。最近冷たかったし…こんな相談できるのセリスしかいないから…」
「……………は?」


思わず眉間のシワも飛ぶくらい、セッツァーは呆けた顔をした。予想外の反応に私も同じ顔をするしかない。もっと気まずそうな顔をすると思ったのに。


「…お前、何言ってんだ?」
「何ってありのままを…」
「俺がいつお前に冷たくしたよ」
「だ、だってセッツァー私と付き合いだしてからずっと様子おかしいし、今日もお前は連れていけないって言われたし!」


必死に訴えれば、セッツァーは一気に苦虫をかみつぶしたような渋い顔になった。思い当たる節はあったらしい。


「…冷たくしてたつもりはなかった」
「でも私はそう感じた。違うの?」
「ちげぇ」


そこだけはきっぱり言い切ったセッツァーは、ほんのすこし言い淀んだあと何かを振り切るように頭を掻いた。


「わかんねぇんだよ…今までの俺には飛空艇と自分の命しかなかったからな。お前に執着するのが怖かった。手放したくなくなるのが」


私はふと思い出した。私たちが旅をしていたころ、ロックがセッツァーに「お前にも大事なものがあるだろ?」と聞いたときのことを。大事なものを抱えてる奴にギャンブルは出来ない。セッツァーは人の悪い顔を浮かべてそう答えたのだった。
じゃあセッツァーは、自分がギャンブラーでなくなってしまうのがこわかった?私を抱え込むのを躊躇っていた?だから遠ざけようとしたのか。


「…私は賭け事の対象じゃないし、セッツァーのお荷物になりたくなんかないよ」
「ああ」
「私はセッツァーと一緒にいたいよ」
「……ああ」


セッツァーが私の肩を抱いて耳元で囁いた。悪かった、って、その声はいつもよりほんのすこしだけ弱々しさを含んでいたから、私も彼の背中に腕を回して身を寄せる。飛空艇の窓から差し込む日はいつの間にか傾いでいた。ああ、今日はかなり疲れた一日だった。精神的に。押し寄せる疲労感の原因は全部隣の男のせいだと思うと憎らしいけれど、それでもまあ…セッツァーにとって私は大事なものらしいので、今日は特別に許してあげようかなと思う。



100414
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