久しぶりに買い物に行きたい、と言い出したのは誰だったか、多分ロックあたりだったと思う。最近わたしたちの行動範囲といったらブラック・ジャック号か草原か森か砂漠くらいのものだったから異論を唱えるひとは居なかった。

わたしたちが向かったのはニケア。あそこは港町で活気があるし、こまごまとしたものから変わった一品まで仕入れている。目的地まで決まればあとは飛行艇を飛ばすだけだ。いや、飛ばすのはセッツァーだけど。

セッツァーが舵をとっている姿を見るのが好き。靡く銀髪とか、はためくマント。生き生きしてるのが背中だけでもわかる。彼はやはり空の男なのだ。なんか、そういうのってカッコイイ。あとは一人で酒場で飲んでいる後ろ姿とか。あれだ、男は背中で語るってやつ。
以前それをエドガーに言ったら「後ろ姿だけじゃなく、正面からも見てやったらどうだい?」と笑われた。そんなこと言われたってわたしはセッツァーとそこまで仲良くないし、セッツァーの顔はたくさん傷があって少しこわい。

「正面から傷の数でも数えてやったら、あいつはきっと喜ぶだろうな」

その言葉の意味はよくわからなかった。




「じゃあ、俺はティナについてくぜ」


着陸する前に船室に戻ると、ロックがみんなの動向を確認していた。マッシュとガウは留守番、エドガー、カイエンはそれぞれ回るらしい。


「お前はどうする?」


わたしに気づいたロックが、少し声を大きくして尋ねる。機械音でうるさくなってきたからだ。ちょうど着陸するところなのだろう、揺れも激しくなってきている。


「あー…いろいろ回りたいし、ひとりで行こうかな」
「それはいけない。女性が一人でいたら危ないよ。誰かと一緒に回りなさい」


エドガーはお父さんみたいなことを言うけれど、それは過保護だと思う。わたしだって普段モンスターをボッコボコにして戦ってるわけだし。そんなの平気だよ と言ってみてもエドガーやロックは頷いてくれなかった。港町には危ないごろつきだっているんだぞ、女の子が一人歩きしてたら狙われる、なんて。ふたりとも心配性だなあ。このままだと留守番組に強制参加させられそうなので、わたしはしぶしぶ頷いた。


「よし、じゃあ誰と行く?」
「んー…誰でもい」


いんだけどなあ、と言う前にわたしの二の腕が引っ張られる。ぐい、と高く持ち上げられた腕を掴む手を辿れば、甲板から降りてきたセッツァーがいた。ニケアに着いたのだ。そして腕、けっこういたい。


「俺がついていく」
「え、…え?」
「誰でもいいんだろ」


それは…言ったけど。でもわたしは正直ロックとティナと一緒に行こうかなとか思っていたし、その選択が1番無難だろうと思っていた。誰でもというのはエドガーやカイエンでも、という意味でその中にセッツァーは含まれていなかったのだ。しかしわたしを見下ろすセッツァーにそれを伝えるほどの度胸を持ち合わせていないわたしはぎこちなく頷く。セッツァーは当然というように鼻を鳴らした。


「なら俺だって構わねぇだろうが」


え?なんでセッツァーがわたしと?呆気にとられるわたしの腕を引いてドアへ向かうセッツァー。有無を言わさない感じだ、これは。戸惑いを隠し切れず振り向くと、みんな驚いた顔でセッツァーを見ている。エドガーばかりが全て分かっているというように優雅に微笑んでいた。え、なんなの?なにを分かっているんだと叫びたかったけれど、その前にセッツァーによってドアは閉められてしまった。


「……」
「……」


沈黙だ。ブラック・ジャック号を降りてニケアへ入るまでセッツァーは何も言わなかった。気まずい。焦るわたしの気持ちなんか気にも止めずセッツァーは歩く。二の腕は放してくれたものの、今度はなぜか手首を掴まれている。痛くはない、けど、がっちり押さえ込まれているような感覚がするのはなぜだろう。
わたしとセッツァーにはあまり接点がない。わたしがセッツァーに近寄らないというのもあるし、セッツァーがそんなわたしに興味を持っていないということもある。何よりセッツァーは一人で行動するタイプだ。自分の時間を削ってまで誰かの用事に付き合うとは思えない。
だとしたらこの状況はなんの変化だろうか。突然わたしに興味が沸いた?後でボディーガード代でもせびる?気まぐれなセッツァーのことだから、何となく気が向いた かもしれない。だとしたら今すぐ帰りたい。

心の中でロックに助けを呼んでいると、ふとセッツァーの足が歩みを止めた。振り返って一歩後ろのわたしを見下ろす。


「どこに行きてぇんだ?」
「へ?」
「買い物に行くんじゃねぇのか」
「あ、うん。…でも、具体的に決まってないっていうか…いろいろ眺めてみたいっていうか……」


要はウィンドーショッピングなのだ。そう伝えるとセッツァーは少しだけ眉をあげ、思案する顔になった。やがて 分かった と言って歩き出す。いや、自己完結されても……。


「セッツァー?」
「店回るんだろ、付き合う」
「付き合うって…長くなると思うよ?男の人には退屈だろうし、セッツァーの好きなところに行きなよ」
「ついていくっつったのに別行動したら意味ねぇじゃねぇか。さっさと歩け」


歩けと言われても、仲がいいわけでもないセッツァーを引っ張ってつまらないショッピングに付き合わせるのはかなり罪悪感がある。しかしこのまま譲らないだろうことはよく知らないわたしにもわかった。ああ、セッツァーは本当に何がしたいんだろう。








びっくりした。何にって、セッツァーのキャラが思っていたものとかなり違っていたことだ。というか普段のセッツァーからは想像がつかないくらいだった。いろんな店の前で立ち止まっては品定めし、あれでもないこれでもないと物色するわたしに根気よく付き合ってくれたのだ、セッツァーは。優柔不断なわたしの買い物は自分でも面倒だと感じるほど長いのに、文句ひとつ言わなかった。荷物も持ってくれた。エドガーみたいに気の効いたことを言うわけではないけれど、紳士的だった。正直すごく不気味だった。セッツァーってこんなキャラだったっけ?


「…ありがとう、わざわざ付き合ってくれて」
「ああ」


小さく頷いて、セッツァーは酒を煽る。今日のお礼にとわたしがパブまで連れてきたのだ。セッツァーがお酒を飲むのを横から見るのは初めてで、隣の席でウーロン茶を啜るわたしは少し緊張していた。いつだって後ろから見てきたものをこんなに近くで見上げている。思えばセッツァーとここまで接近したのは初めてだった。


「セッツァーがついてきてくれてよかった」
「…そうか」
「あんまり話したことなかったから最初は戸惑ったけどね」
「確かに、かなりビビってたな」
「ご、ごめん」
「別に気にしてねぇよ」


もう一口煽ったセッツァーは、カウンターの奥に並べられた酒瓶を眺めながら「いや、違ェな。気にしてた」とこぼす。


「いつも後ろから見られてたら、そりゃあ気にもなる」
「っ…気づいてたんだ…」


それからセッツァーは、ご丁寧にもわたしの視線を感じていた場所をひとつひとつ上げていった。甲板で舵をとっているとき、カジノでエドガーと勝負しているとき、酒を飲んでいるとき。そんなにしょっちゅうじっと見つめてるわけではないはずなんだけど、セッツァーに言われるとなんだかわたしは変態みたいだ。恥ずかしい。顔から火が出そう。いっそ泣きたい。


「……ごめん」
「謝んな。嫌だったわけじゃねぇしな」
「え…?」
「むしろ俺は正面からなら大歓迎なんだがよ」
「ええっ」
「なんなら今から練習するか?俺の顔を正面から見る練習」


…そ、それは…どういう意味なんだろう。セッツァーは隣のわたしを見つめてニヤリと笑った。この表情なら知っている。カジノでエドガーと勝負しているとき、自分が勝ったと確信した表情だ。つまりわたしはセッツァーに負けた?そもそも何の勝負だかわからないのに。けれどセッツァーに掴まれた右手首がやけに熱い。その熱が顔に伝染してゆくのを感じながら、わたしはこの人からは絶対に逃れられないと直感的に悟っていた。


婀娜めく無垢

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