ざばあああん……
寄せてはひいてゆくしろい波が、わたしの足元をすくう。ながされ損ねたヤドカリが、恥ずかしそうに身を縮めた。
「そろそろ帰った方がいいんじゃないかなあ」
「まだいいだろ、と」
わたしの横で、防波堤から足をぶらぶらさせながらレノがいった。このやり取りは一時間ほど前から続いているのだが、また寄せてくる波のように終わりを見せない。わたしは海がすきだから飽きることはないんだけれど、隣のレノはさっきからずいぶん暇そうである。
「ツォンさんからメールたくさん来てるよ」
「ふーん」
「電話も来てる」
「ほっとけ」
ざばーー…ーん…
耳に、体いっぱいにひびく心地よい波の音をわたしは気に入っている。人気の多いコスタではふだん人の声に隠れてしまう音が、こうしてふたりっきりの浜辺ではどうだろう。海風もカモメの鳴き声もあかい太陽が沈んでゆく音すら、わたしのちっぽけな体に反響する。
だいたいそんなようなことをレノに話してみると、「意味わかんね」と返された。こいつにそういう感性を求めることがおかしいのだ。最初から期待してなかった。
「せめて任務完了の報告くらいしないと…」
「したら帰ってこいって言われるだろが」
「だから、帰ればいいんじゃ…」
レノはしばらく黙って、わたしとレノのあいだに五回ほど波の音が響いたあと、口をひらいた。
「海すきだっつってたじゃねぇか、と」
「すきだけど、ツォンさんが」
怒るよ、というわたしの言葉は、レノのおおきなため息によって掻き消された。
「…お前さ、人がプロポーズしようってときによう、ツォンさんツォンさんいってんじゃねぇよ、と」
ざーーー……ん………
「…ごめんよく聞こえなかった」
「く た ば れ」
「うそです聞こえてました」
「………」
「ホント?ていうか、本気?」
「わざわざコスタまで来てこんな冗談いわねえよ、ばあーか。アホ」
「ひどい…」
もう一度波が寄せて引いたあと、レノは「ウソ、すきだ」とわらった。
海岸通り
「でもツォンさんには連絡した方がいいとおもう」
「………」
090117海岸通り/アジアンカンフージェネレーション