城西と出かけた蕎麦屋はおすすめどおり旨かった。普段、和食はあまり取らない持田でもこれは!と唸らされたほどである。
食事中、言いたいことは山程あった。でも言えずじまいだった。思春期の少女のようだ、三十路も間近に迫ったこの俺が。
会計を済ませた城西がすたすたと持田の先を行く。

(待ってよ、行かないでよ、シロさん)

蕎麦屋の駐車場前でついに持田はその場にへたりこんでしまった。これではただの子供だ。

「持田、泣いてるのか」
「あっ」

気がつかないうちに涙までこぼしていた。最悪だ。

「最近のおまえは見ていてハラハラする。不安定すぎるんだ。精神の不調はプレー面にも影響をきたす。あまり小言は言いたくないんだが」
「知ってるよ。キャプテンだから心配してくれてることも」
「そんなつもりはない!おまえと一緒にプレーして、もう何年になる?そんなに俺が信用できないのか?悲しいな」

なら……、よろよろと持田が立ち上がる。そして、城西の顔を両手で包み込んだ。

「キスしてよ。今ここで。同情や馴れあいのキスならいらない」

持田の目は泣き腫らし、赤らんではいたが、その意思は確固なものに見えた。
暫く呆然としていた城西だったが、小さく「瞼閉じてくれ」と囁くと己が唇を重ねた。最初は触れるだけだったそれはだんだんと水音が漏れだした。煽っておきながら、持田は「まさかあの堅物が」と驚きつつも、くちづけに興じていた。
十分程経った頃、ひとつだった人影はようやくふたつに分かれた。

「シロさんのこと考えすぎて訳がわからなくなった。でもそれは好きなんだって」
「おまえの心がそう告げているんだろう?」
「シロさんはそれでいいの」
「言ったろ。俺とおまえ、何年一緒にいると思ってる」
「……ホモとサッカーは違うじゃん」

俯き、城西の方を見られずにいた持田に低く通った声が投げかけられる。

「心中しよう」
「はっ?」
「本当に死ぬわけじゃないさ。ピッチの上でおまえがくたばる時は俺も死のう」

持田は右足をちらりと見やりながら、口を尖らせる。

「正直、シロさんの言ってることは抽象的すぎてよくわかんないんだけど……。でもシロさんの覚悟だけは伝わった。ありがと」

持田はあれほど焦がれ想いを馳せていた人間に受け入れられたのだ。ピッチ上の死という運命共同体として。


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