「椿君がネクタイ結ぶの下手だから」

そう言った持田に見下ろされる。今、椿の両の手首はネクタイでベッドにきつく結ばれていた。これは口実だ。五輪召集中にあまりにもネクタイが結べなくて赤崎に面倒を見てもらったという話をした時、一瞬、持田の目がギラついたような気はしていたのだが、どうも嫉妬心を煽ってしまっていたらしい。

「カタール戦のお祝いにケーキ買ってきたんだ」

ぐいっと持田がショートケーキのホールを椿の顔に寄せる。ちょこんと上に乗せられたいちごが椿の目に留まった。どうにかそれをくわえようと首を伸ばす。首筋が痛むぐらい伸ばして、やっと、いちごを口に含んだ。噛み潰すと甘酸っぱい果汁が口の中に滲みわたる。

「椿君、鼻の先っちょにクリームついちゃったよ」

慌てて、クリームをぬぐおうと鼻の先に舌を伸ばしてみるが、舌がつりそうになるだけで全く届かない。見かねてか、持田が「そんな無理しなくてもお願いしたら取ってあげるけど?」と声をかけた。

「お、お願いしやッス」
「だめ。今は俺が椿君の飼い主なの。犬は犬らしく返事しなきゃ、ね」

羞恥心もあったが、このまま結ばれたままで自由が利かない状態なら、持田が主(あるじ)だという現実は揺るがないだろう。椿は持田の為ならば、人としての尊厳を軽々と捨てることができた。小さくわんと鳴いた椿に持田は破顔しながら、「いい子だね」と頭を撫で、そのまま顔を近づけるとぺろりと椿の鼻先を舐めた。その時の持田の舌の赤さが椿の目蓋に焼きついた。なんて獰猛な色をしているんだろう。それが酷く性的に思えてままならなかった。頬を朱に染めつつも、椿は残りのケーキも一生懸命に平らげようとした。特にクリームは舌を使って丹念に舐めた。ちらちらと上目遣いをしながら。椿の腹の内は持田にも読めたらしい。「ふうん」と椿の着ていたシャツのボタンをひとつずつ外していった。

「まだクリームいっぱい残ってるね。今度は俺がたくさん舐めてあげる」

それから持田はクリームを指ですくうと、椿の胸元から腹に向かって、散らすように塗りたくっていった。先程まで見下ろしていた持田の視線が今は水平線上だ。再び、持田は舌を伸ばした。まるで見せつけているようだった。あくまでも獰猛な赤。その赤が自らの色に染めんが如く、椿の身体を滑っていく。

「……くっ!」

椿の目の端に涙が滲む。今の椿は人ではない。犬だ。飼い犬はご主人様の言いつけをきちんと守るのが役目なのだ。言葉を発せないのがこんなに苦しいものとは。犬は吠えたり唸ったりするのが精一杯だ。昔、どこかで聞いた物語で『人はかつてひとつの同じ言葉を話していたが、怒った神様に言葉をばらばらにされてしまった』という一節があったのを思い出した。そうしている間にも涙は止まらず、シーツに小さな海を作った。

「泣くほど気持ちいいの?」
「う、……わん」

気づいた持田が優しく声をかけてやっても、椿は犬のままでいた。我ながらしつけがよく行き届いていると持田は不敵な笑みを浮かべる。こんな犬を同じピッチの上でも言うことを聞かせられるのなら、どんなに楽しいことだろう。

「ねえねえ、椿君。俺もそろそろ気持ちよくなりたいな」

そして、持田がジーンズのジッパーを降ろすと、下着が膨らんでいるのがわかった。彼もまた欲に飢えていたのだ。立ち上がりかけたそれを引きずり出すと持田は椿に馬乗りになり、次を迫った。「わん」と小さく鳴いた椿は目の前のそれをゆっくり咥えこんでいった。身体の自由が殆ど利かないので、首だけが頼りだ。舌を使った懇切丁寧な口淫に持田も満足らしく、無言のまますべてを椿に委ね、息を荒げている。――やがて、臨界点に達すると、椿の口内のやわらかく湿った粘膜に包まれていた持田のそれがびくりと跳ね、その勢いで外へ飛び出したそれは椿の顔中に白濁を撒き散らしていった。



「椿君、大丈夫?今拭いてあげるから待ってて」
「わん」
「もう普通に喋っていいよ」

持田に促されると、ひとつ深呼吸した椿は「あーあー」と声を上げ始めた。

「それ何の発声練習だよ」
「すみません。ずっと自分を犬だと言い聞かせてたから……」
「ふふふっ。必死で犬になりきろうとする椿君はかわいかったよ」
「そ、そうッスか」
「だけど、また今度ネクタイ結べてなかったらこんなもんじゃ済まさないから」
「うっ。わかりました!すみません!頑張ります!」

それから、持田がしゅっとベッドからネクタイをほどくと、小さな布切れは宙に浮き上がった。それを椿の首へと結びつける。

「今度からは自分でできるようにね、椿君」


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