この日もまだ梅雨が明けたばかりだったというのに例年にも洩れず、猛暑日だった。陽が落ちて辺りがすっかり夕闇に包まれても生温い風が頬を撫でる。

「会いたい」と椿君にメールを送った。答えは勿論イエス!だった。
普段なら会えない日ができたとしても、仕方がないねと次の予定に思いを馳せるところだったけど、今日は七夕だったのだ。会いたいに決まってる。君は織星、僕は彦星。隅田川という物理的な距離に阻まれた、ライバル同士。会える機会というのもごく普通のカップルに比べれば、至極少ない。

♪君はロミオ、僕がジュリエット、気がつけば学生時代に流行っていた歌を口ずさんでいた。タイトルまでは知らない。

「遅くなりました!」と息せき切って、椿君が遠くから駆け寄ってきていた。「のんびり待ってたぐらいだし別に怒ってないよ。つーか、俺がこんなことで椿君にキレると思った?」すると、へたれこんでいた椿君の犬耳がぴょんと伸びた。尻尾はご機嫌に揺れている。

椿君、そろそろ行こうか?

彼の湿った手のひらに触れる。が、そこには不快感などない。細胞壁と細胞壁が遠ざけているものの、何かの衝撃で壁がパンと弾けたら、混ざり合ってしまうんじゃないか?という錯覚すら覚える。

月夜の下、とぼとぼと二人歩く。街中の明かりは眩しくて、夜空の星の明かりも霞んでしまいそうなぐらいだ。椿君はいつの間にか持っていた笹の枝をぶんぶん回して満面の笑顔で俺の二歩、三歩、後を着いてくる。全くかわいらしい。

「地元の大きいところだと目立つから小さい神社にお参りしたいんです」と椿君は言っていた。歩き続けて、二十数分、お目当てのところには着いたのだろうか?……そこは祠だった。祠に七夕飾りなどしていいものだろうか?都会暮らしの持田にはよくわからない。短冊、早く飾りましょ?と言われて、持田は今日の目的を思い出し、バッグから短冊を取り出した。……そこに書かれていたのは「これからも椿君と仲良くできますように。」というものだった。一方、椿は自分が言い出しっぺのようなものなのになかなか短冊を見せようとはしない。……何故だ?

ははーんとほんの少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべ、椿君を後ろから羽交い絞めにする。「や!やめて……くらあい!」じたばた暴れる椿君は無視して、大事そうに両手で包んでいた短冊を奪い取った。そこには。

「持田さんと一緒のピッチに立てますように」と丁寧な文字で書かれていた。

呆然とした。俺には今まで積み上げた実績と経験が、彼には確かに遥かな未来がある。だが、椿君にとってそんなに一緒のピッチでのプレイを嘱望されていたのか。
これは恋心からくるものではない。いちフットボーラーの純粋な敬意によるものだ。

そうだ、俺はこの純粋な恋心にも敬意にも誠意を以って答えなければならない。

「椿君……?」
「なんですか?」
「一生離さないから覚悟しといて」


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