その日届いた持田さんのメールはなんだかおかしかった。
『絶対来るなよ!理由は言えないけど絶対来ちゃダメだからね!』
浮気にしては堂々としすぎてるし、また何か企んでいるのだろう。折角貰った合鍵はこういう時こそ有効活用しないと、と思い、アポなしで持田さんちに押しかけることにした。
なるべく気づかれないようにゆっくりと鍵を回す。ドアの隙間からは甘い匂いと焦げくさい匂いが漏れてきている。一体、何事だろう。なるべく音を立てないようにして、廊下を歩き、リビングへ向かおうとした、その時、俺は見てしまった……。
エプロン姿の持田さんがキッチンで大量のボウルと格闘しているのを。そのエプロンは茶ばみですっかり汚れてしまっている。
「……そこに椿君、いるね?」
神様仏様持田様とはよく言ったものだ、なるべく気配を殺していたのにあっという間に感づかれてた。
「あ、あのメールはあれでしょう。押すなよ絶対押すなよって言って押すってオチの!」
「そういう解釈しないでよかったのに!ああ、もう……」
持田さんは観念したかのように語り始めた。
「チョコレートあげるなら手作りが喜ぶかなってちょっと頑張ってみたんだよ。結果は今のところ散々だけどね」
「それって誰に渡すつもりだったんですか?」
「あのさ!君が俺にそれを聞くの?椿君の鈍感もここまでくると代表クラスだよ……」
「えっ。もしかして、俺宛ですか?」
「他に誰がいるの」
エプロンまで着込んだ持田さんが俺の為に一生懸命になってくれたことが嬉しい。ここが持田さんちじゃなかったなら叫び出したいくらいだ。
「あの、持田さん、顔にもチョコレート付いてます……」
「まじで?あとで洗顔しなくちゃいけないや」
そうして、顔を拭おうとする持田さんの腕を遮って、俺はぺろりと舌を伸ばした。それはとても甘いチョコレートの味がした。
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