今日の持田さんは少し浮かれ調子に見えた。それもそのはずだ。これから持田さんの好きな浅草寺の仲見世通りへデートに行くのだ。これまで下町に行く機会があまりなかった持田さんは凄く気に入ったようなのだ。変装もばっちりで深めに被ったビーニーキャップにサングラス。ぱっと見には誰かわからない。そういう俺も柄にもなくハットを被ってみた。持田さんからのお下がりのチェックのハット。普段あまり帽子を被らないから、なんだか別人になったみたいだ。

仲見世通りは平日だというのに人でごったがえしていて、手を繋いでいないとはぐれてしまいそうなぐらいだった。ていのいい口実かもしれないけど、二人で手を繋ぎながら歩くのが楽しかった。

「椿君、ちょっとあそこ寄ろう」

そう言って、持田さんが指差したのは和菓子屋さんのソフトクリームコーナーだ。芋ようかん味のソフトクリームを二つ注文する。店のすぐ小脇にある路地の入り口でソフトクリームをいただいた。甘いけど上品な味。すっかり夢中になっていたら、持田さんが「頬にクリームついてるよ」と教えてくれた。あちこち拭ってみたものの、取れてないらしく、痺れを切らした持田さんが俺の頬をぺろっと舐めた。猫に舐められたみたいだった。あまりに突然のことで人目のことは頭から抜け落ちてしまっていて、代わりに持田さんがちょろりと舌を出す姿が目蓋の裏に映りこんで、暫く呆然としてしまった。甘い甘いソフトクリームと熱い熱い持田さんの舌。こんな触れあいを雑踏のほんのすぐ傍で行う、ちょっとしたスリルと歓喜。持田さんは呑気に「もっとつけちゃえば?」なんて言ってる。嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。この人のこういう大胆さが自分にはないものだから余計にどぎまぎしてしまう。

無事に残りのソフトクリームを食べ終えたら、「行こっか」とごく自然に持田さんの右手が俺の左手に絡みついてきた。

「持田さん、手繋ぐのちょっと恥ずかしいッス……」
「えー、でも繋いでないと椿君すぐ迷子になるでしょ」

すっかり保護者気分のようだ。でも俺も嫌なわけじゃなかったからそれ以上は言わなかった。

「次はどこへ行きましょうか?」と尋ねる前にいつの間にか持田さんは土産物屋さんを物色していた。

「椿君、やばい。模造刀がある。欲しい」
「そんなの買って何に使うんですか」
「インテリア。あと、椿君と殺陣ごっこでもしようかなって」

突拍子もない好奇心は思いのほか、真剣だったらしく、結局、持田さんは模造刀をキャッシュでお買い上げしてしまった。模造刀片手の珍妙なデートはまだまだ続く。

仲見世通りの一番奥に美味しい揚げ饅頭屋さんがある。「せっかくの浅草だから食べたいね」と持田さんも言っていたことだし、俺も楽しみにしていたが、生憎この日は凄い混雑だった。

「あちゃー。取材でも入ったのかな。まあ、いいや。俺並んでくるから椿君はここで待ってて」

言うが早いか、持田さんは人混みの中へ飛び込んでいってしまった。ケータイは持ってるけど、なるべくなら迷子扱いされたくない。ここはじっと待とう。……すると、幼稚園児ぐらいの男の子が俺に向かって駆け寄ってきた。

「つばきせんしゅでしょ?あくしゅしてください!」

向こうでスカルズのTシャツを着た若い夫婦がこちらを見ている。サポーターって私服でも簡単に気づいちゃうんだ、凄いなあと感心しつつ、男の子に握手してあげる。

「いつもおとうさんとおかあさんとスタジアムいってるよ。つぎのしあいもがんばってね」
「うん、ありがとう」
「うしろのおにいちゃんもETUのせんしゅなの?」

振り向くと揚げ饅頭の包みを持った持田さんが立っていた。

「お兄ちゃんはね、椿選手のお兄ちゃんなんだ。な、大介」

嘘ついちゃダメですよ!、と言おうとしたが、『大介』と呼んだその声に聞き入ってしまって、結局は言い出せなかった。

「じゃあ、つばきせんしゅのおにいちゃんもあくしゅしてください」
「ははっ。いいよ。これからも大介のことを応援してやって」
「うん。つばきせんしゅもおにいちゃんもありがとう」

持田さんにも握手してもらった男の子はスキップで両親の下へ帰っていった。でも、俺の頭の中ではまだ『大介』の響きがリフレインしている。今日のデートは不意打ちが多すぎて、良い意味で心臓に悪い。

「……いつから持田さんは俺の兄さんになったんですか?」
「んー、さっき。それより大介、ほら」

全然悪びれる様子もなく、揚げ饅頭の包みを差し出された。それよりも冗談の延長戦上とはいえ、下の名前で呼ばれたことにまだ心臓がばくばくしている。

「もう一回言って下さい」
「ん。兄貴に敬語はないだろ、大介」

もう、持田さんは確信犯なんじゃないかと思って、まともに顔も見られなくなった。揚げ饅頭にかぶりつくふりをしながら俯き続ける。

今日のデートはまだ始まったばかりで、これ以上持田さんと一緒にいたら、俺の心臓は本当に止まってしまうかもしれない。だけど、こんな幸せに包まれた中で死ねるなら本望だ。

……持田さん、次はどう仕掛けてきますか?


[*BACK]
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -