突然、リビングにいた持田さんが黒のマジックペンを取り出した。そして、俺に「椿君、膝出して」と促した。何のことだろうと思いつつも、パンツをたくしあげて、膝を見せる。すると、膝にマジックで何か書き始めた。何ができあがるだろうと様子を見ていたら、小さな星のマークがそこにはあった。

「んとね、これ、所有者の印」

持田さんが言うに俺を所有した印がこの小さな星のマークなのだろうか。かわいらしくて少し口角が緩む。

「じゃ、じゃあ、俺にも持田さんを所有させて下さい!」

ダメ元で言ってみたら、「えっ、いいよ。ほら」と笑いながら、持田さんもスウェットパンツをたくしあげて、膝を見せてくれた。

俺は差し出されたマジックを手にしながら、緊張していた。この右足はなんだってできる魔法の足だ。それに俺が印をつけられるなんて。唾を飲みつつ、持田さんが書いたのと同じ小さな星のマークを書き上げた。

「お揃いになりましたね」
「そうだね。双子みたいだ」

俺と持田さんの膝頭に書かれた星の印。繋がるものとしては頼りないはずの、この小さな落書きが今はなんだかとても心強いものに感じられた。二人で寝そべっているだけなのに胸の奥がきゅうっと締め付けられる。

「こんな甘酸っぱい気持ちって久しぶりに味わったかなあ」

宙に向かって、持田さんが呟いた。その表情は穏やかだ。

「甘酸っぱい気持ち……?」
「椿君と違って、俺はアラサーだからね。こんな気持ち、なかなか味わえなくなったんだよ」

冗談めかして、持田さんは言っていたが、その『なかなか味わえなくなった気持ち』を少しでも分け合えていることに心が弾んだ。

持田さんが俺を所有して、俺も持田さんのことを所有して。

二人だけの共有関係。誰も知らない、知らせちゃいけない、共有関係。

俺は膝の星印にそっと手を重ねた。それを見て、持田さんも俺の手の上から手を重ねた。この満たされた何とも言い難い幸福感が甘酸っぱい気持ちなのだろうか。俺も年を重ねればそれを知ることになるだろうか。


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