持田と椿は東京の夜の下で再会した。

いつものランニングコースを走っていた椿の視界を横切ろうとした、黒のコートの男。既視感を覚えた椿が「あの……」と声をかけると男は椿の方を見ようともせずに「久しぶり」と答えた。訳もわからないまま、椿は男のコートの袖口を引いた。ようやく男は椿に視線を送った。やはり持田だった。だが、その視線は覚束ない。不安と好奇心を半分ずつ抱えながら、椿は持田のコートを握りしめた。

「逢いたかったんだ」
「俺に……、ですか?」

こくん、と持田は頷いた。かつてピッチで対面した時とは別人のように覇気のない姿だった。

「今日は月がやけに綺麗だね。こんな時って無性に人肌恋しくなる」

そう言った持田は唐突に椿の頬を撫でた。それが性的な意味合いを含んでいるのは椿にも理解できたが、なぜ自分に?という疑問符が脳裏を巡った。だが、この袖口を離したら何処かへ消えていってしまいそうな持田を突き放す気にはなれなかった。それと性的な興味。女の身体もろくに知らない椿だったが、この日の持田はそんな椿にも欲を沸き起こさせるような不思議な魅力があった。元々、奥手ではあるが、好奇心は強い方だ。もしかしたら自分も持田も今宵の月に魅了されて、どこかおかしくなっていたのかもしれない。

椿の目を暫しの間見つめたのち、持田は椿の唇に触れた。

「がさがさしてら……。ちゃんとリップ塗らなきゃだめだよ」

それは意思の確認だったようで、傍らから離れない椿を抱きすくめると口づけた。噛みつくような勢いだった。押し入ってきた舌は熱く、ランニングで身体が火照っていた椿を内側からも熱っぽくさせた。椿も場の勢いに流されたのか、舌を絡めた。古い街灯がひとつあるだけの夜道での行為は必要以上の興奮をもたらした。

なぜ、持田と。なぜ、男と。

そんなことも頭の片隅に追いやってしまうぐらい、持田との行為は官能的だった。

「椿君ってコッチもイケるんだ。意外」
「俺は、その……」

そこから先は答えられなかった。持田に惹かれているのか?といえば、まだ椿の中で答えは出せなかったし、同性への性嗜好を今まで意識したこともなかったから。

「君を抱きたかったんだって言ったら驚く?」

持田の口から放たれた言葉は文字通り、椿を驚かせた。自分の何がそれほどまでに持田を惹きつけるのか自覚できなかったせいもある。返す言葉に詰まっていた椿に向けて持田は続けた。

「同意がなけりゃ俺は無茶はさせないよ。無理矢理は趣味じゃないからね。椿君が決めて」

そして、再び椿に口づけた。粘膜を執拗に刺激するその行為は椿の燻っていた欲を簡単に転げ落ちさせるものだった。

「……いいですよ。でもどこか人のいないところで」

持田は椿の手を引いて歩き始めた。振り向き様に「車を近くに止めてるから」と呟いた。

これから自分は持田と身体を交わらせる。はっきりと意識した後、持田のことをもっと知りたいと思った。彼はただの身体だけの付き合いに留めたいと考えているのだろうか?それを問う勇気はまだ椿にはなかった。


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