年の瀬。持田と椿は人ごみを掻き分けて、小さな神社の境内へとやってきた。人の多いところだとどうしても好奇の視線が気にかかる。そうして、消去法の末、辿り着いたのが、この古ぼけた神社だった。自分たちの他に参拝客がいないわけではないが、まばらだ。
近所の住民と思しき老人と宮司さんがいるぐらいだ。若者の二人連れは珍しいのか、ちらりとこちらに目をやられはするが、それだけだ。この場にいる人間は程度の差はあれど、厳かな信仰で繋がっている。
カランカランと持田が鐘を鳴らし、大袈裟なぐらいにパンパンとかしわ手を打った。
「……持田さん、何のお願いしたんですか?」
椿がおそるおそる尋ねると、持田は「ナイショ」と言って、椿の問いを軽くかわした。続けて、椿も鐘を鳴らし、かしわ手を打つ。
「お、俺は、来年こそは持田さんと同じピッチに立ちたいなあってお願いしました」
「それってダービー?」
「え、いや、その。……代表で」
パシッと背中を小突かれる。正直、少々痛むが、この持田なりのスキンシップにも慣れた気がする。
「言うねー!でも、世代別とA代表の差って思ってるよりもデカイよ。それに……」
「それに?」
「俺もいつまで走っていられるか」
何気なく発したひと言ではあったが、呟いた持田以上に椿はそのひと言に慟哭を受けた。思わず、持田の手を胸元に手繰り寄せる。
「椿君……?」
「持田さんは大丈夫です。持田さんは俺にとって目標で、憧れでもあるんです。だから、きっと大丈夫……」
消え入りそうな椿の声を聞いて、持田は椿の髪をそっと撫でてやった。その手つきは優しい。
「ごめんな。気使わせちゃったみたい」
持田を見る椿の瞳は赤らんでいた。「しょうがねえなあ」と持田は椿をぐっと抱き締める。
「持田さん!ここ、神社……!」
「構うもんか。好きな子が泣きそうになってるのにほったらかしにしてたら、神様だって怒るさ。ここ縁結びの神様なのかは知らないけど」
「それにね」と持田は椿を抱いたまま、続ける。
「本当のこと言うと、膝のことはすげえ不安だよ。不安で押し潰されそうになったこともあった。でも、ピッチに立てば、そんなことあっさり忘れちまうし、俺はまだ俺のままでありたい。慕ってくれる後輩や椿君に少しはかっこいいとこ見せつけてやりたいとも思うしね」
椿は抱きすくめられたまま、目の端を袖で拭った。この人は強い。俺の気休めにもならない同情めいた感情など不要なほどに。だから、俺もこの人にはそんな重苦しい感情を見せることはやめにしよう。
「……持田さん、甘酒飲みに行きませんか?向こうの夜店で売ってるみたいですよ」
「泣き虫ワンコはもう気は晴れた?」
「ワンコなんて言わないで下さいよ!」
「ジーノには呼ばせてるくせにー。妬けるっつうの」
持田と椿の新しい第一歩も新年とともに始まろうとしていた。
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