*Twitterお題。
*モチバキさんは、「夕方の駅」で登場人物が「待つ」、「星座」という単語を使ったお話を考えて下さい。
http://shindanmaker.com/28927
*別離ネタです。



ある日、持田はATMから大金を下ろし、新宿駅へと向かった。特に理由らしき理由はなかった。この人ごみの中に埋もれたつもりでもサングラス程度の変装では簡単に気づかれるのがちらほらと視線を感じる。それがほんの少しだけ煩わしくなっただけのことだった。

注目を浴びるのが苦手な性分ではない。だが、たまには自分がどこの誰かもわからないだろう場所へ行ってみたくなったのだ。人はそれをエゴイストと呼ぶのかもしれない。それでもよかった。膝に時限爆弾を抱えたサッカープレーヤーがいつまで有名税なんてものを抱えていられるか。

持田は指差しで適当に選んだホームから特急に乗り込んだ。特急には星座の名前がついていたような気がした。これが山手線のホームではなくてよかった。何時間もぐるぐると回るのはともかく、ついてまわるのはやはり好奇の目だったろうから。

窓際に座り込んだ持田は車内を回っていた車掌に切符を渡し、判子を押してもらうと、そのままぼんやりと外の景色を眺めた。まだ、家屋や高層ビルが見える。そういえば、この電車はどこへ行くのだろうと、再び切符を取り出したが、持田が知らない地名が終点とされていた。こうなれば行けるところまで行ってやろうじゃねえの。日常から解放された束の間の気分だった。

電車は北国へと向かっているのか、車窓の向こうではちらちらと雪が舞い始めていた。

やがて、通路では今度は妙齢の女性がワゴンを引いて、車内販売にやってきた。持田は声をかけると、緑茶と通過地点の名産だという駅弁を買った。緑茶は紐を引いて、少し待つと熱いお茶ができあがるという代物だった。猫舌の持田は少しずつ舌で転がすようにお茶に口をつけた。そして、駅弁の包みを開けると、海産物の煮付けがぎっしりと詰まった、割と豪華なものだった。味は申し分なかったが、持田は外の風景に目をやりながら、ひと口ずつゆっくりと弁当を平らげた。

今が何時で、ここがどこかなんて行先不定で旅行者とも呼び難い持田にとってはどうでもいいことだった。ただ、移りゆく車窓の景色と小さな車体の揺れを楽しめれば、それでよかったから。

二時間半ほどして、特急は終点の駅へと到着した。まだ、持田にはこの旅路に納得がいかなかった。離れのホームからローカル線が発着しているのを見かけた持田はそれに乗り込むことに決めた。

乗り込んだ電車は都心ではなかなかお目にかかれないワンマン線で、たまたまなのか、それともこれが日常なのか、乗客もまばらだった。先程までとは打って変わって、ガタンガタンと車体の軋む音が激しく響く。

座席にどっかりと腰を下ろした持田に通路を挟んだ向かいに座っていた老婆が声をかけてきた。方言がきつく、老婆の言いたいであろうすべてを理解はできなかったが、「都会から来たのか」と尋ねてきたようだった。

「東京からだよ。おばあちゃん」

こんなローカル線に東京からの旅行者が乗るのは珍しいのか、「あらあらまあまあ」と驚きながら、老婆は持田にみかんを一個渡してきた。お年寄りってよく果物やおまんじゅう分けてくれるよな、と思いながらも、持田はそれをありがたくいただくことにした。匂いを嗅ぐと鼻孔に柑橘系の爽やかな香りが広がった。

三十分程して、みかんを手渡した老婆は目的地に着いたのか、持田に手を振ると電車から降りていった。気がつけば、車内には持田ひとり取り残されていた。道理で先程から人の気配がしないわけだ。老婆も数少ない利用者も持田が何者であるか?、など気にも留めなかっただろう。それがよかった。広いとはいえない空間だが、ここにはたったひとり、持田がいるだけだ。

ここにきて、持田は隣がやけに寂しいことに気づいた。数ヵ月前なら椿がすぐ隣でにこやかに笑っていた。しかし、それは取り戻せない過去の話になってしまった。なるべく思い出さずにいようとしていたのに結局は彼のことを思い出してしまった。こんな当ても理由もない旅に出たのも結局は椿の存在を頭から消し去りたかっただけなのだ。だが、それは叶えられず終わった。

それから暫く俯いていた持田は終点の呼び声に促されるようにして、電車を降りた。駅はすっかり夕暮れ色に染められていた。次の電車を待つ人は誰もいなかった。遠くに見える山の尾根には地上からでもわかるほど雪が深く積もっている。

「そういえば、雪国じゃなかったけれど、椿君の家もこんな遠くの山の中だったな」

誰が聞いているというわけでもなかったが、持田は呟いた。時折、吹きつける冷たい風が火照った頬には心地好い。

こんなところに辿り着いて、ようやく失った存在の重さを知るだなんて。持田はかじかむ指先に息を吹き掛けつつ、ポケットからスマートフォンを取り出した。……まだ、『椿大介』の名前は残されていた。

今更、彼に何を言おうというのだ。謝辞の言葉か、自己弁護か。一方的に突き放しておいて、自分が人恋しくなったら呼び出すだなんて、独善的な男だ。我ながら。

……持田はスマートフォンの電話帳に残された『椿大介』のデータを削除した。もう逢うことはない。顔を合わせるとしてもピッチの上でのみだ。

行為を終えると、持田はまたみかんの匂いを嗅いだ。それはとても懐かしい匂いのように思えて、持田は堪えきれずひと粒の涙をこぼした。

ちょうど反対側のホームに先の電車とは逆に向かう電車が到着した。

思い出はここに置いていこう。持田はみかんをベンチの真ん中に置くと、立ち上がった。



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『星の名前がつく特急電車』はどうやら寝台特急だけみたいです。
鉄道に詳しくないので、色々あやしいですが、すみません…!


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