「あ、しまった」

起き抜けに部屋干ししてあるチームのジャージが目に入った椿は思わず声を上げた。

昨日、持田と二人でデートを楽しんでいたのはよかったのだが、急に通り雨に降られ、すっかりずぶ濡れになって、このマンションまで逃げ込んできたのだ。

午後練のことをすっかり忘れていた。ジャージはまだ濡れている。どうやってクラブハウスまで行けばいいだろう。

「……持田さん、起きて下さい。持田さん」
「椿君?まだ俺眠いし」
「実はこれから午後練なんです」

布団の中で丸くなっていた持田を起こすと事情を説明した。持田は眠気まなこで何度か目を擦ると無言で部屋の隅のクローゼットを指差した。

「俺の服、貸してあげるから」
「あ、ありかとうございます」

口にした途端、持田が跳ね起きた。この短い間に何があったというのか、覚醒した持田は企み笑顔を浮かべている。物凄く嫌な予感がする。

「ただ貸すだけじゃおもしろくないから」

ぐっと背伸びをした持田はすたすたと奥のクローゼットへ向かうと、開けた扉からぽんぽん威勢良く服をベッドに向かって投げ始めた。

よく見ると、そのどれもがど派手だ。長い付き合いではないといえ、こんな服を並べたのは椿もはじめて見た。

「タンスのこやしにしてちゃかわいそうだから椿君着ていきなよ」

そういうことか……。椿は頭を抱えた。この白のスーツだの真っ赤なコートだのを着て、ETUのクラブハウスへ顔を出せと言っているのだ。

「持田さんが普段着ているような落ち着いたデザインがいいんですけど」
「あーあー、聞こえなーい。せっかく貸してあげようっていうのに嫌なら貸さなーい」
「……。わかりました!貸して下さい!お願いします!」

なら、オッケーと金色のネクタイを片手に持田は微笑んだ。今の椿にとってはまるで悪魔の微笑みだ。


こうして、持田のコーディネートによる椿の今日のファッションは白の上下のスーツに金のネクタイにワニ皮のシューズ、羽織るコートは赤の皮製、おまけにおおぶりのシャネルのサングラスまで手渡された。

姿見の鏡で見ると、一段と派手さが際立つ。上等なのはわかるのだが、普段の私服が私服なだけに借りてきた猫、基、借りてきた子犬である。

「じゃあ、俺もうひと眠りするわ。達海さんに会ったらよろしく」
「……ウス」

起こさないようにそうっと持田のマンションから出てきた椿は溜め息をひとつだけついた。

三十分後に眼下で繰り広げられる光景を想像すると胃が痛むどころの騒ぎではない。だが、理由もなく練習をサボるわけにもいかず、椿は覚悟を決めるしかなかった。


――その後、クラブハウスに姿を現した椿を見るなり、広報の有里に写真を撮られるだけ撮られ、暫くの間、椿は『韓流スター』と呼ばれたのであった。


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