*SSSの『田舎へ泊まろう』ネタです。
*夏の話です。



「君の家に行きたい」

持田は椿に会うなり、単刀直入に切り出した。今はチームの寮を借りている身だから、さすがにそれは……、と口に出しかけたところで椿はハッとした。にこやかに椿の返事を待つ持田の表情は悪巧みをしている時のそれだ。
――恐らく、家というのは実家だ。
椿の背筋にすうっと冷たいものが走る。

「……鈍行電車を何本か乗り継いで、三時間半はかかります。ローカル線にも乗ります」
「そういうのって鉄道好きな人だったら凄く喜ぶじゃん。俺も乗りたい」
「……最寄り駅が無人駅で、俺の家から車で三十分です」
「何それ!記念撮影したい!」

会話のパスワークは繋がらず、全く以て徒労に終わった。自分のパス精度の問題ではないと椿は信じたかった。東京生まれ東京育ちだという持田は椿の話を聞いて、引くどころか俄然乗り気になっている。

「電車で二人で駅弁食べてお茶飲んでー。そんなところに行くのって小学生の林間学校以来だな。修学旅行は京都やオーストラリアだったし」

浮かれる持田を尻目に椿は頭を抱えた。地元が驚かれるほどの田舎なのはいい。田舎にだって素晴らしいところがあるから、それを大好きな持田さんが見たいというなら、幾らでも驚いてほしい。……問題は実家に行きたがっていることだ。

(藤澤さんが取材に来た時の父さん母さんは大変な騒ぎだったらしいし、ましてや持田さん……。日本代表のエース……。あっ、校長先生にお会いしたらどうしよう。持田さんを連れて会うのは……)

「シーズン中断中、キャンプ前に何日かオフあるでしょ。その日程にしよう」

既に持田は今回の旅行のプランまで組み始めていた。もし、フットボールの神様がいるというのなら、旅先の無事を祈ってもいいだろうか?交通安全の御守りでよかっただろうか?

考えれば考えるほど、椿は深みに嵌まっていった。
――こうして、椿はまたしても持田とのマッチアップに完敗したのであった。



「凄い!凄い!見渡す限り、山と森!大自然!」

鈍行電車とローカル線を乗り継いで、三時間半と少し。椿の地元の駅に到着するや否や、デジカメを取り出した持田は、人気のない駅の構内やら駅前にひっそり佇んでいる丸型ポストやら、とにかく目につくもの片っ端からシャッターを切っていた。

もうすぐ家族が迎えに来るはずだ。サッカーでの友人を連れてくるとは伝えておいたが、持田が何か言い出すのではないかと思うと、椿は気が気ではない。

十分程して、見覚えのある赤の軽自動車がこちらへ近づいてきた。「おーい、大介ー!」と嬉しそうに運転席から手を振る父の姿も確認できた。

「あー!お義父さーん、ここでーす!」

持田もそれに満面の笑みで答える。しかし、今、確かに『おとうさん』と持田は言った。フットボールの神様はお祈りを叶えてくれるのだろうか。

父の運転席へ駆け寄る持田の後ろ姿を見つめながら、椿は力なく笑った。



「に、日本代表!」

それ以来、ハンドルを握る父は一言も言葉を発しなくなった。

「やだなあ、お義父さんったらそんなに固くならないで下さいよ。今夜はご厄介になりますし、男三人でサシで飲みましょう。僕も椿君のルーツが知りたかったんですけれど、この町はのどかで過ごしやすそうですね。楽しんで帰りたいです。だははっ」

持田の饒舌ぶりは最高潮に達していた。息子以上にチキンの父は「そ、そうですね」と、うわの空で返事を寄越すのがやっとといった様子だ。

(いきなり持田さんに会話のパスを要求されるなんて、父さんも不憫だ……)

なんだかんだで和やかな雰囲気のまま、車は椿の実家へと到着した。

――決戦はこれからだ。


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