今日の朝練は久しぶりに調整組から外れた。あの人と少しでも距離を縮めたい。持田のささやかな願いだった。

(あの人は知らない。俺の掌から流れていった実らない種子を)
(あの人は知らない。腹の奥に渦巻く狂おしいほどの情念を)

集団の少し先を軽快に走って行く城西は呼吸の頻度から歩調まですべてが規則正しいもので何かのお手本になりそうだ。集団の後続から持田は城西の姿を眺めていた。お手本としてではなく、別の対象として。

それまで同じ空間を共有するだけで満たされていた持田の欲求は“あの一件”以来、収まるところを知らなくなった。

自分は既に狂っているのかもしれない。頭ン中に浮かぶのはシロさんシロさんシロさんシロさんシロさん…、あのくそ真面目優等生キャプテンのことばかりだ。あの人にこの身を汚されたい、汚れを知らなかったあの人の手を汚してやりたい。――そんなことばかり考えていた。

城西は勿論、三雲も堀も誰もこの感情には気づいていないだろう。いや、気づかれては困る。この感情とそれがもたらした結果は持田と城西の二人だけが共有せねばならない。城西に罪の意識を背負わせる為だ。

彼は持田と関わったことを一生後悔し続けるだろう。そして、死ぬまで持田の顔を忘れられずに終わる。生きながら地縛霊になるようなものだ。

(……でも、それでも、シロさんのことを俺は)

「……持田?」

ぽんと持田の肩を叩いてきたのは他でもない城西その人だった。

「難しい顔してどうした?そうだ、今日この後、予定は空いているか?」
「……また、蕎麦屋?」
「ははっ。お見通しか。実はまた旨いと評判の蕎麦屋の噂を聞きつけてな」

ここのところ、城西は蕎麦に嵌まっているらしく、暇を見つけては一人で食べに出かけているらしい。こうやって持田が同席することになるのも度々だ。

「別に俺はいいけど。シロさん、俺ばっか誘って楽しいの」
「いや、他の連中は蕎麦はあまり興味がないみたいで」
「……女とか」
「それがなあ、だいぶ前にフラれてしまってから、ずっと独り身なんだ」

サッカーのこと以外で城西は疑うことをしないのかとすら思えてくる。目の前の持田を年の近い弟とでも思い込んでいるんじゃないかと言いたくなるほどだ。本音を知ったら、さすがの優等生も態度ぐらい変えるだろうか?

「はいはい。じゃあ、午後練終わったら、駐車場に集合ね」
「持田、鴨好きだったろう?今日の店は鴨南蛮が有名らしいから楽しみにしておくといい」

持田との約束を取りつけて、城西は嬉しそうだ。衒いのない笑顔がいつも以上の優等生アピールに見える。


「二人きりか……」

持田はそう呟くとまたトレーニングへと戻っていった。


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