二人で夜空を眺めていた。肌寒い分、遠くまで澄みきって見えるような気がする。防寒具にはそれなりに気をつけたつもりだが、時折、吐く息が白く広がる。

一方、持田さんは手元の星座盤をくるくる回していた。俺の地元は空を邪魔する高層ビルディングの群れも煌々と輝く人工の光の海も存在しないのだけれど、空に浮かぶ星なんて、お月様ぐらいしか気にかけたことがなかったから、「オリオンの三つ星の少し北を探すとベテルギウスがあるよ」なんて説明を受けても、ふうんと相槌を打つほかない。学校では習っていただろうけど、見事に記憶からすっぽ抜けている。

「せっかく、二人で星を見るなんてロマンチックじゃねえ?と思ったのに。椿君、俺の話聞いてくれてる?右から左に抜けていってない?」
「や、聞いてます。聞いてますよ。……でも」
「でも?」

いぶかしがる持田さんの視線が怖かったが、本音を告げることにした。

「どれがどれやら、星のことなんてさっぱりわからなくて……」
「なんだ。そんなことか」

予想に反した持田さんの返事にこのまま胸を撫で下ろしていいものか悩む。

「こういうのって知識はあるにこしたことないけど、瞳に映ったものを素直に受けとめれば、それでいいんじゃねえの。俺だってわざわざ星座盤なんて買い込んじゃったけど、これはデートを盛り上げるアイテムのつもり」
「へ、へえ。そうッスか……」

持田さんは俺が思う以上にロマンチストなのだろう。うつくしいものに無邪気に惹かれ、ピッチの上と同じくらいの集中力でそれらと対峙し、洞察を深める。彼の話を傍らで頷いていると、芸術家の感覚に似たものに触れた気になる。

今の俺は持田さんと同じものを見ることはできるが、感性を全く同じところまで近づけることはできない。だから、ほんの少し嫉妬する。ささやかで甘い嫉妬だ。

「あー、手袋外してるから、すっかり冷えちゃってる。霜焼けになっても知らないよ」

いつの間にか、持田さんが俺の手を両手で包み込んでいた。手の甲から持田さんの熱が染み渡る。

彼の両の手のひらは冷気を吸い込んで、じわじわと冷たくなっていった。熱を逃したくなくて、その手を掴み返すと、まるでお互いの体温が混ざり合っていくように感じられた。

「この繋いだ両手こそが俺にとっては宇宙の地場みたいなものなんです」と、照れながら持田さんに伝えた。すると、彼は一際赤く目立つ星を指差した。

「あの星の光が地球に届くのはン十万年、ン百万年先の話で、俺たちは大昔の星の姿をここで見てるの。もし、俺たちの姿が向こうから見えたら、それってどれぐらい未来の話だろうね?俺、生きてるわけねえか。だははっ」

そうかもしれないですけど……。持田さんの話を遮るように頭から覆い被さった。

「うわー!重い、潰れる!」

冗談めかして、持田さんが騒ぐ。

「俺はこのままの俺のままで、ずっといますよ」

「ずっと」と持田さんの胸元を軽く小突く。唇を塞ぐなんて真似は俺にはまだまだ無理な話だったけれど。


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