今年の夏は雷がやけに忙しない。落ち着きのなさを空に笑われているような、そんな妄想さえ沸き立つ。鉛色の雲は雨もろくに降らさずに早足でどこかへ駆けていった。そこから覗く青が指と指の間を抜けて、瞳に突き刺さる。

――夜になれば花火が上がる。東京で過ごす、三度目の夏。

常日頃から日本代表が誇るエースとお付き合いを続けているというのに、自分の五輪代表選出なんてこれっぽっちも意識になかった。『意識低すぎ。そんなんで俺の前に立ちはだかろうなんて笑える』と恋人からのメールでなじられるわ、験担ぎで発表中継を観ないと言い張ったチームメイトには唖然とされるわ、散々な目に遭った。

これは緊張感を保とうと努めていても裏目に出てしまいがちな俺にとっては至極効果的な体験でもあった。


――楽しさ、サッカーの素晴らしさを体現したようなプレーを椿はする。それはプロのプレーヤーとして、自らをギリギリのところまで落とし込むような持田のとは対極的でもある。


以前、こんなことでいいのだろうかと、つい持田さんに泣きついたことがあった。彼は強張った表情を崩して、俺の背中を何度かとんとん叩くと、「椿君はそれぐらいの方がいいかもしれない」と言って、笑った。そんな持田さんはどこかほっとしたような、悲しそうな顔色を浮かべたように見えた。

……この人は俺のことを追いかける素振りをしながら、自分の中へ入り込もうとされると拒絶している気がする。今の俺にはその行為が意図するものがよく理解できない。ピッチを出た持田さんはユニフォームを着た時とは別人みたいに穏やかに接してくるからだ。彼が心の奥に抱えたものが俺にも受けとめられる時まで静かに待とうと思った。


ぼんやりと今日起きた出来事などをひとつずつ思い返していると、「火薬の匂いがする」と持田さんがベランダの前に立った。

ここは新宿で、浅草からはだいぶ離れている。「気のせいじゃないですか」と声をかけると、「いいや。するものはする」と突っぱねられた。感覚的すぎて野生動物を眺めている気分になる。暫く遠くの空を眺めていた持田さんは気が済んだのか、今度はクローゼットへと足を進めた。

「はい。ちゃんとキャッチして」

そう言って投げてきたのは紛れもない青のユニフォームだった。「予行練習だよ」と持田さんは笑う。持田さんの大事なユニフォームに袖を通していいものか悩んで、胸元に当てるに留めると、「……やっぱ、チキンじゃん。練習にならない」と呆れられた。

「着たいのは山々ですけど、これは持田さんの歴史が刻まれたユニフォームでしょう?だから俺は真っさらなユニフォームに自分の歴史を刻んで、それを持田さんと交換できるようになりたいんです」

カチカチに固まりながら、持田さんにユニフォームを返すと、「その勢い。必ず来いよ、俺らがいるピッチまで」と右手を差し出された。緊張が解けないまま、その手を握り返す。

まだ道は始まったばかりだ。きっと俺も持田さんと同じ場所に立つ。立ってみせる。

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