持田。
平泉さんが俺を呼ぶ声が聞こえる。
持田。
シロさんが眩しいくらいのドヤ顏をきめて、俺の背中を叩く。
持田。
スタジアムに響く歓声。サポーターが一心不乱に俺の名を叫んでいる。


試合中だというのに、俺はピッチの上にただ一人取り残されたような感覚に囚われていた。俯瞰と言えば、聞こえはいいが。汗を滲ませて走るチームメイト、繋がれるボール、すべてが傍観者を置いてきぼりにしていく。
覚悟が足らない奴はどいつだ。俺以外の何者でもないじゃないか。

当然のように、試合には負けた。戦犯は間違いなく俺だ。こういった場合でもあまり責めるような言葉を口にしないシロさんが「どうしたんだ?いつものお前らしくない。意識が散漫になっていやしないか?」と気遣うように声をかけてきた。……気遣われる立場の人間じゃないのにな。返事を寄越すことも憚られて、小さな溜息をシロさんに投げた。すみませんね、俺はあんたみたいに出来た人間じゃありませんから。

こんなにも心を掻き乱されている理由は判っている。――椿大介。あの、まだ少年のような面影を残した、ETUの若手。
生まれてこのかた、他人にこうまで執着したことは一片たりともなかった。だのに、あいつは持ち味のドリブルをきめるかのように俺の中を走り去っていった。決してテクニカルなプレイヤーとは言い難い。なら、どうして。若さ?可能性?……右脚?

考えれば考える程、混乱するだけだった。これ以上考えるだけ無駄だと諦めて、俺は夜の街に飛び出した。

数年ぶりに乗った電車は思ったより居心地は悪くなかった。女子高生、バンドマン風の若者、老夫婦、それぞれが時折笑顔を浮かべつつ、談笑に興じたり、落ち着かない素振りで手元の携帯をカチャカチャと弄っていた。
ここでも俺は傍観者であり、異邦人だった。聞こえてくる他愛のないおしゃべりも雑音とさして変わらなかった。意識を浮かせて、言葉の意味を拾うことをやめてしまえば、音楽のようにも聴こえたが。

都営浅草線の終点に着いた時、車両には俺一人だった。土地勘なんてないが、観光地だしどうにかなるだろう。土産物や老舗の料理屋の看板が並ぶ階段を一気に駆け上がり、地上へと辿り着くと、バケツでもひっくり返したような大雨だった。今年はこんな極端な雨ばかりだな。今更、濡れ鼠になるのを気にするつもりもなかったので、雨足の強さで視界の悪い街頭から必死で『隅田川スタジアム』の案内板を探した。確か、スタジアムの程近くにクラブハウスがあると聞いた記憶がある。


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