※持田Vユース上がり設定。
 右足にギブス設定。




視線が自然に彼だけを捉らえていることは以前から自覚していた。
大きく声を張り上げ、チームメイトを鼓舞する、俺のチームのキャプテン。
根っからの優等生気質。俺とは全く別の次元に存在する人間なのだと思っていた。いや、思い込もうとしていた。
それでも、フェンスの向こうで汗をかき、熱心に練習に取り組む姿を、彼の姿だけを俺の両目は追う。本能とは正直で、たまに残酷な仕打ちをする。俺はただギブスに包まれた右足のことも忘れて、ただ、城西さんのことを見つめていた。

練習が終わり、俺の横を通りすぎていく三雲や堀たちに簡単な挨拶をした。……俺がこの場から離れないのは、右足のせいじゃない。一人熱心に居残り練習に励むシロさんを見続けていたかった。それだけだ。

ようやく俺に気づいたのか、タオルで汗を拭きながら、ゆっくりとシロさんがこちらへ向かう。

「持田、そんなにピッチが恋しいのか?だが、まずはその足を治してからだな」

シロさんは頭はキレるが、俺から言わせりゃバカだ。くそ真面目すぎる。俺の足なんかいつぶっ壊れるかわかりやしない爆弾そのものだ。それに俺のことを気遣う素振りをするのも、『キャプテン』という立場からだ。俺は小さな苛立ちを込めて、彼に言ってやった。

「そんなに練習ばっかしてる人が羨ましいなあって」
「……先日の試合でも、俺はミスが多かったからな。それに持田がいない今、展開によっては一人でフィニッシュまで持っていくことも考えなければならない」

ほら、バカだ。何にも気づきやしない。苛立ちが臨界点すれすれまで沸き起こる。

「シロさん、クラブハウスまでおんぶして」
「持田、おまえいつから子供になったんだ」
「ガキですよ。少なくともシロさんよりは」

それから、右手で握っていた松葉杖を遠くにぶん投げた。松葉杖は綺麗な放物線を描いて、グラウンドの脇の林へと消えていった。
その光景を黙ったまま、凝視していたシロさんはふうっと深い溜息を吐いてから、左肩を落とした。

「代表のエースがおんぶはあんまりだろう?掴まれ」

俺は返事もせず、シロさんの肩に手を伸ばす。シロさんの身体は熱く火照っていて、練習用のビブスは流れ出た汗を吸って、びっしょりと濡れていた。

徒歩10分もないであろう、クラブハウスへの道程を時間をかけて、二人で歩く。シロさんの顔が近い。けれど、その表情は責任感とか義務感とかそういったもので埋めつくされていた。俺の苛立ちが遂に臨界点を超えた。

「俺、シロさんのこと好きなんだけど」
「俺もおまえが想像しているよりずっとおまえのことが好きだがなあ」

そう言ってシロさんはいつものどや顔をキメて笑う。効果音でも口ずさんでやりたいくらい腹立たしい。

「それってセックスも込みで?」

優等生の顔がぎょっと豹変する。ざまあみろと笑ってやりたがったが、一先ずは堪えた。

「俺、シロさんになら喜んで抱かれるよ。抱いて欲しいんなら抱くし」
「……持田、冗談にしてもだなあ」
「シロさんのニブチン」

シロさんに預けていた身体の重心を傾ける。咄嗟の出来事だったからか、最初にバランスを失ったシロさんが倒れ込み、続けざまに覆いかぶさるように俺も倒れ込んだ。

「持田!おまえなあ」
「シロさんに俺の覚悟知ってもらう、これから」

まず、混乱しきっているシロさんの目を左手で目隠ししてやった。それから、右手で這いつくばって、シロさんの顔へと近づく。頬には幾つかの赤みがかった吹き出物。シロさんたらこういうの無頓着そうだもんな、と思いつつ、唇をじっと見る。薄い唇だった。この味を知っている人間は何人いるのだろう。まあ、過去なんて所詮通過点だ。今から俺もそれに加わる。

ゆっくりと乾いた唇に触れた。軽く歯を当ててやると、それまでじたばたもがいていたシロさんは抵抗を止めた。諦めなのか、その場の欲に流されたのか、その時のシロさんの心境なんて気に留めていられるほど、正直余裕はなかった。
押し当てるだけのキスだったものは交歓を目的としたものへと変わった。時折、濡れた音を漏らしながら。粘膜と粘膜の接触は俺の頭を空にさせた。夢中で舌を絡ませて、消えない傷でもつけてやろうかって勢いで唇を食んだ。

空が陰りの色を見せ始めた時、ようやく俺たちは唇を離した。呆気に取られた様子で酸欠の金魚みたいに口を開きっぱなしのシロさんの表情は今まで見てきた中の最高傑作だった。

「持田……」

そこから黙りこくっているシロさんに言ってやった。

「最初に言ったよね?俺の覚悟だって。シロさんがどう思うと勝手だけどさ。でも、案外シロさんノリノリだったね。同情でもその場の勢いでも構わないよ。俺の一方的な押し付けだし」
「一体、いつから……」
「そうだな。トップに上がってきてからはあんたの背中ばっか見てたよ。あんなに懐いてたのに」

立ち上がったシロさんは「持田」と俺を呼んで、手を差し出した。その手をとって、再び、シロさんの肩に身体を預ける。ビブスはすっかり乾いていた。クラブハウスの入口が間近に見えるまでお互い無言だった。俺は言いたいことをすべて言い切ったつもりでいたし、シロさんは沈黙こそが得策であると踏んだのかもしれない。

だが、突破口を開いたのは意外にもシロさんだった。

「……持田、やはりああいうのはよくない」
「ホモのつもりはなかったんだけど、好きになったもんはどうしようもないじゃん。玉砕覚悟でいたから、すんなり諦めるよ」
「いや、そうじゃなくてだな。順序立てがよくない。いきなりああいうことをするよりも、まずはちゃんと言葉にしてだな……」
「え。最初、シロさん困ってたじゃん。明らかに」
「それはおまえの普段の物言いのせいだ。悪ふざけが酷すぎるからな」
「……俺、本気にするけど、いいの?それで」
「俺も真剣に考えた上で話をしてるが」

一瞬で意識が宙に浮いた。目の前の唇に触れていた時よりも心臓がバクついてる。単純に言えば、舞い上がってる。今の俺は。

「シーローさんっ!」

猫撫で声で頬を擦り寄せると、「馬鹿!少しは人目を気にしろ」と怒鳴られたが、そう言いつつもシロさんは目を逸らし気味で顔が真っ赤だった。

「じゃあ、今度から人目につかないところでやる。いっぱいやる。シロさんがうんざりするぐらいやる」
「……別に嫌だとは思ってないぞ。ただ、おまえにデリカシーが欠けてるだけであって」
「せめて優等生はピッチの上だけにしてよ。ベッドでまで優等生だったら俺多分キレるよ」
「だから!少しは慎みというものをだな!」

こんなに声を荒げているのに、ちっとも怒ってやしないシロさんがかわいらしくて、おかしくて、仕方なかった。いつも通り吹き出したら、さすがに落ち込みそうだったから、唇を固く閉じて我慢した。

気がつけば、朱色の空に群青色が滲み始めていた。そうだ、折角だから今日はシロさんに家まで送ってもらおう。楽しいドライブになりそうだ。


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