お気に入りのミネラルウォーターを飲み干した後、持田はソファーベッドで眠りこけている椿に視線を落とした。毛布に包まりながら、背を丸くした椿からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
それから、持田はソファーベッドに滑り込むように潜ると、椿の背に耳を当てた。
とっとっと、と一定の間隔で聞こえてくる心音。それらはまるで音楽のようだ、と持田は思った。椿の胸元の方へ腕をやり、背中から抱きしめてやる。今、俺の腕の中にあるのは、音楽と可能性の塊だ。普段は猟犬に狙われた兎のように怯えきっているくせに、ピッチの上では時折、サバンナを走るチーターのような動きを見せる。
全く、変な生き物だ、椿大介という男は。

「ふわぁ、……持田さん?」

寝ぼけまなこの椿が背後の持田を見遣る。その視線は焦点が定かではない。

「悪い、起こした?まだ、寝てていいからさ」

椿は「ふぁい」と欠伸混じりの返事をすると、また、すうすうと寝息を立て始めた。静まりかえった部屋の中で、ひそやかに流れる調べを聞き逃しまいと、持田は耳をそばだてる。

椿と出会ってから、持田の中で様々な感情の変化が生まれた。それは、闘争心であったり、執着心であったり、平穏を求める感情であったり。いずれにしろ、今まで持田の中に存在していなかったものか、もしくは椿の存在によって、より掻き立てられたものだ。

(ホント、変な奴……)

そうやって、毒づきつつも、持田の日常から椿が切り離せない存在になっていることは自覚していた。椿が傍らを離れた時、持田の中で膨らみ続けていた執着心はどうなってしまうのか。想像もしたことのなかった未来を思い浮かべて、持田は愕然としたが、すぐに思考を切り替えた。

(今は、こいつがいるだけでいいんだ……)


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