持田さんはよくコーヒーを飲む。
自宅に備え付けの上等なシステムキッチンはろくに使われた形跡がないのだが、コーヒーメーカーだけはフル稼働している。そのコーヒーを注ぐのが、最近の俺の役目のひとつになっている。

「持田さん、はいコーヒー」
「ありがと。ちゃんと、砂糖とミルク入れてくれた?」
「角砂糖3個でしょ。覚えましたよ」

持田さんは淹れたてのコーヒーの注がれたサーモマグを両手で握り締めて、ちびちび口に運んでいる。コーヒー党のくせにブラックは飲めない。おまけに猫舌のくせに淹れたての熱いコーヒーを飲みたがる。本当に子供っぽい。でも、そんな持田さんの様子を傍らで眺めていると、思わず、ほっこりとした笑顔が浮かぶ。ああ、やっぱり、俺はなんだかんだ言っても、このひとに惹かれている。

「椿君、Trick or Treat」

突然、持田さんが発した英語らしき言葉。俺は意味がわからなくて、んんっと考え込む。残念ながら、学生時代の英語の成績は3だった。小首を傾げたまんまでいたら、「ハロウィンだよ。ハーローウーィーン!」と笑われた。

「すいません。俺、盆正月にしか縁がなかったもんで」
「お化けの格好して、お菓子くれってあちこち訪ねてまわるんだよ」

そう言った持田さんはブランケットを頭から被って、もう一度「Trick or Treat」と詰め寄った。本人的にお化けの扮装のつもりらしい。急に言われても困る。持田さんがコンビニでスナック菓子コーナーを隈なくチェックして、こっそりお気に入りのケーキ屋リストを作ってるぐらいお菓子好きなのは知ってたけど。

「……じゃあ、これ」

仕方なく、コーヒー用の角砂糖を1個摘んで差し出した。

「だはー!ひでえ。しかも、俺んちの砂糖じゃん!」
「そういう風習って言うんですか?よくわからないんですよ。それに、持田さん、いつも思いつきが急すぎます」
「お菓子っつうか、甘いものなら、なんでもよかったんだよ。ここまで言ってわからないかな、椿君」

ブランケットのお化けは俺の前に立ちはだかると、両手で俺の顔を掴んだ。唇が柔らかく触れる。そして、唇を離したお化けが舌を伸ばすと、その上にはさっき俺が渡した角砂糖が乗っていた。

「あーんして」

言われるがままに、口を軽く開くと、溶けかけた角砂糖で甘くなった舌が入り込む。ああ、でも、甘いのは砂糖じゃなくて、舌そのものなのかもしれない。持田さんの唇が触れるたび、俺の意識はくるくると回り、宙に浮かぶ。

「こんな簡単なこと、なんでわからないかな。椿君てば本当に鈍いね」
「でも、持田さん、楽しんでるじゃないですか」
「だははは!椿君も言うようになったねえ。成長の兆しが見えてきたな」

お化けは俺を抱き寄せると、ブランケットをすっぽりと被せた。時計を見損ねてしまったけど、まだ、夜は始まったばかりのはずだ。お化けの本領発揮はこれからだ。俺は浮かせた意識のまま、彼に身を委ねた。

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