少し浅草の町をぶらつこう。
持田さんに呼び出されて、のんびりと下町の雑踏を二人で歩いていた。浅草の町はなんだか落ち着く。地元とは歩く人の数だって風景だって全然違う。けれど、都心の風の冷たさはここにはなくて、いつだって暖かい雰囲気に包まれてる。俺はこの町が好きだ。持田さんもこの少し猥雑な喧騒が気に入ったみたいで、オフの日はこの町で逢いたがる。これから老舗のお蕎麦屋さんで腹ごしらえして、まったりとオフを楽しむ――、そんな穏やかな休日のはずだった。

「おー、椿じゃん」

浅草寺近くのお蕎麦屋の前で声をかけてきた人物はよりによって、所属チームの監督だった。今、最も会いたくないというか、会うと気まずいひと。

「あれ?横にいるのって、もしかして持田?」

大きめのサングラス程度の変装じゃ変装になってないのか、簡単に見抜かれた。

「やけに椿に執着してると思ったら。ふうん、ふうん、なるほどね」

達海監督は何か感づいたのか、俺達を頭から爪先まで眺め回して、にやりと笑った。

「ピッチの中と外じゃ、人間関係は必ずしもイコールじゃないっすよ」

持田さんが監督を窘めるように言う。

「まあ、あんま、うちの椿に変なちょっかい出さないでくれると監督としては安心できるけどね」
「いつから、達海さんは椿君の保護者になったんすか」

持田さんは俺の背後に回ると、背中から俺をぎゅうっと抱きしめた。きつすぎて痛い位だ。まるで、「渡さないぞ」と言わんばかりに。

「人様の息子さんをお預かりしてる身だからねえ。それに椿のことは俺が一番よく知ってるつもりでいたし」
「いやあ、それってぶっちゃけ驕りっすよ、達海さん。ピッチで椿を上手く使えるのは自分だと思ってるでしょ?でも、俺はあんたの知らない椿君を知ってる」

(……もしかして、この二人、張り合ってる?)

一触即発とは言わないまでも、どこかピリピリとした空気が場を支配しているのは、俺だって判る。

「オフっつても、試合に影響出ると監督としては色々と困るんでね」
「監督として?本音は別じゃないんですか」

持田さんの腕にぐっと力が入る。正直、息苦しい。

「持田がどう思おうと持田の勝手だけど。ホント、あんま腰とか痛めさせないで」
「真っ昼間っから下ネタ振らないで下さいよ。達海さんって案外えげつないっすね」
「シモ関係なんて誰も言ってないけどな。ま、折角のデートでしょ。楽しんでこいよ。じゃ、俺は若い恋人たちを邪魔するつもりはないから、ここらでさらーば」

そう言い残し、監督は手をひらひら振りながら、クラブハウスの方角へと消えていった。とりあえず、気まずい場は脱したはずだ、と思った。が。

背中越しの持田さんが軽く左の耳たぶを噛んだ。

「持田さん、今、町中なんですけど」
「椿、相変わらず鈍いな。俺、君のそういうところ、すげえムカつくけど割と好き」

俺は確かに鈍い自覚はある。さっぱり事態を飲み込めていないから、ただただ、頭の中では?マークが踊っている。

「達海さん、俺に椿君取られて妬いてた」
「まさか!」
「だから、椿はニブチンなんだよ。でも、もし椿が達海さんのとこに行くって言うなら……」
「や、そんなつもり毛頭ないっすから!」
「……殺す。なんてね」

茶化してごまかしてたけど、持田さんの『殺す』のひと言はやたらドスが利いていた。俺は恐い人とお付き合いしてるんだ、と改めて実感してしまった。

「さ、気ぃ取り直して、蕎麦食べようぜ。椿君の奢りね」
「ええっ、なんで!」
「ニブチンの罰。その後は花やしき行こう」

どうか穏やかな休日を過ごせますように。俺は財布の中身を確認しながら、心の中で祈った。

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