「あの、もう一度言って下さい」
「いや、だから椿が今日は王様だって。俺、椿君の言うことなんでも聞くからさ」

会った早々、持田さんが企み笑顔を浮かべていたから何かと思えば、これだ。所属チームの監督といい、恋人といい、どうしてこういうタイプばかりに慕われるのだろう。椿は頭を抱えた。第一、他人を使うなんて慣れてない。王子だったら、どんなことを言い出すんだろう。その場にはいないチームメイトのことを思わず夢想する。

「……じゃあ、なんか家来っぽい言動して下さい」
「承知致しました。椿様」

てっきり、腹を抱えて笑いこけるのかと思いきや、持田は膝を附くと、まるで執事みたいにスマートに振る舞った。

(やばい。持田さん、本気だ)

ますます椿は混乱する。一人で動くか、使われるならまだ判断に苦労はしないだろう。でも、生まれてこの方、他人を使うような立場には立ったことがない。だから、ベタなアイディアしか思いつかない。

「『お帰りなさいませ』って言って下さい」
「かしこまりました。お帰りなさいませ、椿様。くつろぎのお茶をご用意しておりますが、如何なさいますか?それとも……?」

屈み込んだ持田が椿の手にそっと触れる。仕掛けてくるな、と椿の勘が告げた。指をするっと絡ませると、持田は立ち上がり、椿の頬に軽いキスをした。

「まずはご挨拶を。何かございましたらなんなりとお申しつけ下さいませ」
「くくくっ、唇がいいっす!」
「承知致しました。ご主人様」

椿の耳元で持田が囁いた。吐息が耳をくすぐって、少しやましい気分が襲う。絶対にわざとだ。視線がかち合うと持田はニヤリと確信犯の笑みを浮かべ、椿の唇に触れ、濃厚なくちづけを交わす。そのうち、舌が忍び込み、椿の中をねちっこく掻き回す。いやっていうほど甘ったるい口淫に椿の意識はふらふら彷徨いだす。

「こういったことは如何でしょうか」

次に持田は椿のTシャツの上から、ちょうど尖りの辺りをまさぐり始めた。長い指が器用に椿の胸で踊る。濃厚なくちづけもまだまだ続いている。そろそろ正気を保てそうにない。膨らんだ下腹部が何よりの証拠だ。

「ももももう、ムリ!ムリっす!普段の持田さんらしくして下さい!」

泣きの入った椿が叫ぶと、持田は途端、指先を椿の胸元から離し、「つまんねえ」と座り込んだ。

「せっかく椿君に王様体験させてあげようと思ったのにさ。本っ当、こういうの慣れてないんだな」

慣れる慣れないじゃなくて、従う振りをしただけで、相変わらず持田が主導権を握っていたではないか。そう抗議したいところだったが、ぼんやりとした意識ではいつも通りに「ウス」と返すのが精一杯だった。

「あーあ、ピッチの外でも王様ってどうよ」
「とにかくっ、持田さんはなんでもいいから、持田さんらしくいて下さいっ!」
「わかったって。んじゃ、さっきの続きとしけこみますか、椿君」


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