ひっくり返したような大雨。遠くでは稲光り。
最近よくニュースでやってるゲリラ豪雨ってやつだ。さっきまではカンカン照りで溶けそうなぐらいだったのに。だから、手持ちの傘なんて二人ともなかった。
俺たちは持田さんに連れて行ってもらったおしゃれなカフェでそれぞれカフェラテとエスプレッソ片手に途方に暮れていた。
「……もう一時間になりますね」
「あ、もうそんな時間なんだ?せっかくのオフだから椿君をあちこち連れまわしたいのに」
外の惨状なんてどこ吹く風で、持田さんは相変わらずいつも通りの持田さんだった。パーカーのフードを深めに被ってはいたけど、やはり目立つのか、時々サポーターらしき若者に声をかけられては、気前よく握手に応じていた。
「持田さんってファンサまめなんですね。ちょっと意外でした」
「んー。今日は椿君と一緒だから、超気分がいいの」
と言って、笑いかけた持田さんは、やっぱり怖い笑顔を浮かべていた。お付き合い的なものを始めてみても、マイペースすぎて、持田さんがわからなくなることも未だに多々ある。
「あ!そうだ。もう待ちくたびれたし、駐車場まで行かね?」
思い立ったように持田さんが立ち上がる。
「え……。ここから駐車場まで結構距離なかったですっけ?」
「ダッシュして勝った方の言うことを聞く。それがいい。椿君、スピードには自信あるっしょ」
だめだ。そういう性格だとは知ってたけど、まるで人の言うことを聞いてない。
会計を済ませると、俺たちは大荒れの中、短距離走をする羽目になった。突飛なことは達海監督のアレコレでだいぶ慣れはしていたけど。
「はははっ」
土砂降りの中、持田さんが大きく笑い声をあげる。なんだか楽しそうだ。確かに機嫌がいいらしい。
「風邪ひいちゃいますって!」
必死で走りはするが、気になって持田さんに追いつけない。
「椿ィ、ここがピッチだと思えば簡単なことだろ?そんな悠長なこと言ってられないってくらい。それに雨の中、走るのって気持ちよくね?」
(だって、ここ一般道だし!みんな俺たちのことじろじろ見てるし!)
■
結局、駐車場に真っ先に辿り着いたのは持田さんだった。
「言ったろ?ピッチだと思えって。まあ、とにかく俺の言うこと聞きなよ」
いつも聞いてますが、とはさすがに口にできなくて、「ウス」とだけ答える。
「今から俺の家に行こう。びしょ濡れだしね」
「はあ……」
そして、持田さんが先に車に乗り込み、あとから俺が助手席に座る。エンジンをかけると、持田さんは急に俺の方をじっと見つめた。
「そうビビるなよ。誰も取って食いやしないから」
と言って、俺の右の頬にペロリと舌を這わせた。
「いいい!も、持田さんっ!」
「雫垂れてたから」
こんなんで取って食わないなんて、ないだろ……。少し諦めたけれど、まあ、こんなオフも悪くはないかもしれないな、と俺は少しだけ笑った。
車は視界ゼロの中を行く。持田さんの家へ一直線に向かって。
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