たとえばその存在が塵だとして、君達は世界に愛されているだろう?
たとえばこの存在が塵だとして、俺達を世界は愛さないだろう。

俺は塵だ。







ウルビダは非常に苛立っていた。かれこれ約30分、彼女はその場に立っている。
彼女はガイア内で参謀のような位置に立っており、吉良から命令が下される度に作戦を立て、そして完璧に実行する。今回も吉良から間接的にグランに命令が下されたらしく、グランにガイアホールに来るようにメールの通信が入ったのだ。あくまでグランの為ではなく愛する父の為に、早く父の役に立つ為に、通信が入った後部屋を出てすぐガイアホールに到着し、グランを待っている、という訳なのだが、一向に来る気配が無いまま、30分が経ってしまったのだった。


(遅い遅い遅い!何をしているんだあいつは!!)


携帯は出ない、通信機は調子が悪く文字が打てない。もともと調子が悪いのを放っておいた結果だが、何の関係も無いグランに怒りの矛先を向けるしかなかった。
その時、前より鋭くなった聴覚が、遠くの足音を拾った。段々とこちらに近づいてくる足音は、恐らくグランだ。しかしその歩調はゆっくりで、まるで急ぐ気配が無い。
違うか、とウルビダが何度目か分からないため息をついた時、角を曲がってホールに現れた足音の人物は――


「お前だろうが!」
「うわ!?」


平然と現れたグランに、ウルビダの怒りが炸裂した。エイリア石で強化された人間の渾身の蹴りを、紙一重でグランが避ける。


「何だその頭は……!ふざけているのか……!!」
「かっこいいでしょ?」
「キモい!」
「ていうか何で俺蹴られたの?」


その言葉は正に火に油を注いでしまった。握る拳を震わせて、冷静に努めるウルビダからは炎のような激しい怒りより氷のように凍える怒りを感じる。流石のグランもその空気を察して、油を苦笑いに止める。


「命令が下されたんだろう、が……」
「あ、ああ、そうだったそうだった!ごめん、えー、ウルビダ」
「だから何度……」


言いかけて止まったウルビダは、今度は怪訝そうな表情でグランを凝視した。


「お前……本当にグランか?」
「?グランだよ」
「そう……か」


いつもグランと話す度になされたやり取りが無かったことに違和感を覚え、ウルビダはグランをじっと見つめる。目の色も形も、髪の色も、病人のような青白い肌も、声も、姿形は確かにいつものグランだ。しかし思い返せば、足音、歩幅、口調、雰囲気それら等から、“いつものグラン”を想像出来ない。姿形があるから、グランと認識したのであって、姿形を除いた彼からは“いつものグラン”を認識出来そうにないのだ。


「父さんの命令?えーと……一等から三等の居住区に活動範囲拡大だってさ」
「そうか」


居住区の破壊という命令にウルビダは動揺も反抗もしない。そんなウルビダを見て、グランは不思議そうに首を傾げた。


「嫌じゃないんだ?」
「……当然だ。父さんの為なら」
「ああ――なるほどね」
「お前は、嫌いそうな命令だな」
「そう、だね」


ウルビダは既に活動範囲の拡大を予測していた。いつまでも同じ場所で同じことをしているだけでは政府をどうすることも出来ない。直接中央区域を狙わないのは腑に落ちなかったが、居住区を狙うことには理由がある筈。
そうして理由も分からぬまま、彼女は効率的な作戦を立てるのだ。


「一つ、聞いていいか」
「ん?」
「お前は……本当に“ヒロト”か?」


薄い笑みを浮かべていたグランが、一瞬だけ、無表情になった。その一瞬だけでも雰囲気がガラリと変わる。ウルビダは確信した。


「……お前は、誰――」
「君、面白いね」
「……は?」


面白いと思わせるようなことを言った覚えもやった覚えも無い。驚いたような呆れたような表情のまま固まったウルビダの横を、グランが素早くすり抜ける。


「おいお前!」
「“弟”をよろしく」
「え?」


颯爽と去ってしまったグランが放った言葉。いつものグランと今偶然会ったのグランは別人で、とてもよく似ている、そして先ほどの言葉。


(……まさか双子か?初耳だぞ……)


グランがヒロトだった頃からの付き合いだというのに、双子どころか兄弟が居たなど彼女は全く知らなかった。しかし、それは当然と言えば当然だった。
今、ハイソルジャーとして世間を脅かしている子ども達が育ったのは、何らかの理由で一人となってしまった子どもの集う孤児院――お日さま園だ。家族構成はどうだったか、どうして一人になったのか。余程親しいか本人から話さない限り、そういった質問はタブーだ。だから、ヒロトの兄弟も知らなかった。


(……聞かない方がいいだろうな)


相手が今まで隠していたことを聞かれるのは気分が悪い筈だ。ウルビダ自身、他人の過去に自分が入り込むことはしたくない。
ガイアホールを後にし、自分の部屋へ向かっていたちょうどその時、ポケットの携帯が振動した。


『玲名?着信すごいけど、何かあった?』
「だから何度言ったら分かる、私はウルビダだ」
『はいはい……で、どうしたの?』
「お前から通信したんだろう」
『…………?いつ?』
「いつってさっき……あ」


手にした通信機は、もともと調子が悪かった。






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