「じゃあ、また後で。晴矢も風介も、何かあったら連絡してよ?」
「アンタこそ。何でもかんでも一人でやんじゃねーぞ」
「分かったってば」


部屋に入ってくる時より柔らかくなった表情で、ヒロトは部屋を出ていった。晴矢も続いて扉を抜けようとしたが、入口近くの天井の隅に向かって何やら手を動かしている風介を見て引き返す。


「……何やってんだお前?」
「なに、大したことではない」
「変な奴……」


すぐに自分を追い越して扉から出て行った風介を不審に思いながら、晴矢も扉を出た。この後、プロミネンスのリーダーとして政府塔周辺を警戒する軍や警察を分散させ、南雲晴矢として政府塔の調査を進める。たとえ調査といった類のものが不得意でも、今自分に出来ることをする。いつも計画を立てている風介や、何か考え事をしていたヒロトの、そして何より自分を取り巻く仲間の世界を守る為に。


(つっても、流石にプロミネンス全員でゾロゾロと政府塔を嗅ぎまわるのはマズイよな。……茂人と杏を連れてくか)


もっとも、プロミネンスには精神操作を施され、破壊に尽くすような言動、行動をしている人物などいない。そう信じている彼は、優しすぎるのだろう。







自分のチームの無表情で無愛想なリーダーが、かつてない程上機嫌で自分の部屋の扉をノックも無しに訪れてきたら、誰だって驚く筈だ。そう修児は冷静に判断しながら、目の前のリーダー、ガゼルもとい風介を見てため息をついた。


「……愛、とりあえずアイス持ってきてくれるかな」
「え?風くん来てんの?」


キッチンで何やら数分置きに爆発音を轟かせている妹、愛は上機嫌な風介を一目見た途端、うわー、と声を出して冷凍庫からカップアイスを持ってきた。本当は風介の機嫌が最高に“悪い”時に出すような最終兵器だが、機嫌が良い状態も却って不安になった凍地兄妹は互いに目を合わせて首を傾げた。


「何かありました?」
「少しな」
「絶対少しじゃないわよ。かなりあったって」


整頓された机の上にアイス一つと麦茶三つが並べられ、風介は当然のようにアイスに手を伸ばした。この部屋は凍地兄妹の二人で使用しているが、昔から修児と仲の良かった風介が毎日のように入り浸り、ほとんど部屋に三人居る場合が多い。一つ下の愛も風介と仲が良く、彼を信頼している。
流石にまだ硬くてスプーンで掬えないのか、何度もアイスの表面にスプーンを突き刺している風介の機嫌がかつてないほど良いうちに、と修児は机の下からクリアファイルを取り出した。


「エイリア石の資料です」
「難しかったか?」
「まさか」


簡単でしたよ。
そう修児が返事したのを聞いた風介がニヤリと笑う。マスターランクのリーダー三人が話し合った直後、その話し合いを監視カメラを通して見ていた修児が、手話で風介から頼まれたエイリア石の資料。吉良家が所有する研究所のデータベースをハッキングして、なんと数分で手に入れたものだ。愛もそこまでは知っている。


「でも驚いたわ。お兄ちゃんったらいつの間に監視カメラなんて仕掛けたのよ?」
「流石にそれは僕じゃないよ」
「ああ、置いたのは私だ」
「風くんが?」


兄ならやりかねないと思っていた仕業が風介だと知って、今度こそ愛は驚いた。ようやくスプーンの刺さる程度の温度になったアイスを味わいながら、風介は修児から資料をファイルごと受け取った。


「あの部屋に監視カメラがいくつあるか知っているか、愛」
「そんなにあるの?」
「天井の四隅に一つずつ、三つの椅子の真上に一つ。そんなところかな」
「えー!じゃあさっきの手話バレバレなんじゃないの?」
「フン、私がそんなヘマをするような奴に見えるか」
「見える時と見えない時がありますかね」
「……説明するとこうだ」


部屋の広さは広くも無く狭くも無い。マスターランクのリーダーの為の部屋と言っても、椅子が中央に三つ、向き合うように置かれているだけだ。ただ、セキュリティは厳しく、たとえマスターランクのリーダーが相談して決めた暗証コードを得られても正確な指紋認証が三人の入室しか許していない。もし三人が重要な話をするとしたら、明らかに他所より厳重なこの部屋しかあり得ない。しかし、この部屋には幾つもの高性能な監視カメラが仕掛けられている。装飾と紛れて見つけにくい監視カメラによって、怪しい動作や言動も全て研究所にある管理室で確認され、反逆の意図は簡単に悟られてしまう。
では風介はどこに監視カメラを設置したのか。
天井の四隅に設置されたカメラは視野がとても広く、三人のどんな行動も見逃さないよう四つの視点から“中央に向けて”設置されている。故に、死角が出来る。
風介は、監視カメラを監視カメラの真下に設置したのだ。
監視カメラは中央に向かって設置されているので、真下に近い場所ならば人一人くらい映ることはない。風介の設置した監視カメラは小さく見つけにくいが映す範囲が狭い。しかし、風介のメッセージを“監視カメラの制作者”である修児が受け取るにはうってつけだった。


「吉良にとっては重要な語句をベラベラと喋っておいたからな。私達の話し合いに危機感を持った向こうが意識をこちらに集中している隙に、修児に働いてもらったという訳だ」
「おかげ様で一度も抵抗されませんでしたよ、あっけないくらいです」
「相変わらずお兄ちゃんと風くんってば……」


愛は呆れながらも、大の大人達を出し抜くなんて軽々とやってのける心底二人を改めて凄い人達だなと認識した。


「しかし、少し喋りすぎじゃありませんでしたか?恐らくジェネシスにもプロミネンスにも、僕達兄妹と同じく精神操作の通用しない人が居る可能性は十分ありますが、二人……いや一人も居るかどうか……」
「特にあの馬鹿はチームの全員に自分の考えを話したらしい」
「馬鹿って?……あ、晴くん?」


本当に馬鹿で仕方がない実に不愉快だ、と風介は残りのアイスをかきこんだ。それを見た修児は苦笑いをし、愛はお茶漬けでもないのにアイスという冷たい物ををかきこむなんて、とアイスに因んだ現象を思い出して頭が痛くなりかけた。食べているのは風介だが。


「話のペースは私のものだった。……警戒されるのは私だけでいい」
「また。そーいうことするから晴くん怒るんじゃないの」
「僕と愛は問答無用で巻き込まれるようですね」
「悪いか?」
「いいえ」
「まっさかー!」


髪の色や性格が正反対な兄妹が、とてもよく似た笑顔で言った。


「風介を信じていますからね」
「なんとかなるわ、絶対」
「フン、当然だ」


満足そうに答えると、風介はアイスに次いで麦茶の注がれていたコップを空にした。







風介は気になっていた。
自分より前に監視カメラを設置した人物が、誰か分からない。
風介は今回を含め三回入室したことがある。部屋を作った時――即ちセキュリティが機能していないうちに仕掛けられた可能性がある、と監視カメラや盗聴を疑い、ヒロトと晴矢より先に部屋を調べる必要があったからだ。一回目は何もなく、仕掛けられたのは二回目に訪れた時だった。風介は、当然この部屋には自分とヒロトと晴矢しか入れないと思い、監視カメラを設置した犯人を探る為の監視カメラなど設置していない。
晴矢は風介にとって二回目に訪れた時が初めての入室。ヒロトに至っては今回が初めての入室だ。
では誰が。
三人しかあり得ないこの空間で、一体誰が。
四人目が居ると言うのか。
しかしそれはあり得なかった。暗証コードを知ったところで、指紋認証がある。それは、確かにヒロト、晴矢、風介の三人しか設定されていない。

では、誰が。



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