父親は驚愕のあまり声を失いかけた。胡散臭い男が持ってきた記憶装置の中には、無いはずの事故当時の監視カメラの映像。黒い服を着た男達が、銃を手に自分の息子を追いかけている。その男達には見覚えがあった。不幸な事故だと涙を見せた政府の人々の、後ろに控えていたボディーガードの男達だ。更に映像の中で息子の死の瞬間を目の当たりにした父親は、そのボディーガードの男達が倒れた息子を取り囲み誰かと通信している場面で全てを把握した。
息子は、吉良ヒロトは“殺されたのだ”と。


『ご子息は殺された。そしてその真実は隠されていたのです。貴重な資金源である貴方の信用を落としたくない、そう考えた政府の手によって。
憎いでしょう。全てを壊してしまいたくなる程に。でも貴方にはその権利と力がある。
外部区域の保護活動にと公表し開発を進めていたあの石、アレには貴方の想像を遥かに超える力が秘められている。この映像の報酬として私にあの石の研究をさせてください。
私も政府に勤める身でしたが、常々、政府のやり方には疑問を抱いていました。そしてこの映像を“偶然”見つけた時、私は貴方の力になりたいと思い、行動に至りました。しかし、どうするかは貴方次第です。“悪の政府に裁きの鉄槌を”とお考えになるならば、どうか私に協力させてください。
――復讐を、しませんか?』


呪文のような言葉の羅列に、父親はゆっくりと首を頷いた。







時折後ろを振り返り、周囲を警戒しながら、ヒロトはガイア、プロミネンス、ダイヤモンドダストのリーダーのみが入室を許された部屋へ向かっていた。ガイアのリーダーである彼がその部屋へ入る事は何一つ不自然ではないが、父への反逆とも取れる行動をする可能性まで考えている彼は、何か悪いことを企む子供のように緊張していた。
着いた扉の前で暗証コードを打ち込み、指紋認証を経て扉が開く。開いた先に、とても懐かしいと思える二人がそれぞれ椅子に腰掛けていた。


「晴矢!風介!」
「ヒロト!久しぶりだな!」
「君が来るんじゃないかと待っていたよ」


折角設けられたこの部屋には、三人共なかなか忙しく、ヒロトは入ることすら初めてである。もし晴矢と風介が会わないうちに変わってしまっていたら、と考えるとヒロトは不安で仕方なかったが、二人の昔と変わらない態度と表情は彼を大いに安心させた。


「早速で悪いけど、相談したいことがあるんだ、大事なこと」
「俺達が今していることと、これからのこと、だろ?」
「うん……」
「父さんが――吉良星二郎がしていることは全くもって意味不明だ。今までの命令は適当にあしらって来たが、そろそろそうもいかなくなるだろうな。聞いただろう、居住区の話」
「……居住区の話は、俺が父さんに何を言っても駄目だった」
「アンタが駄目なら俺達の言葉は何の意味もねーな、どうする、風介」
「ふむ……」


三人で何かをする時、いつも計画するのは風介だった。風介の知識量は人より少し多い程度だが、頭の回転が誰よりも早く、悪く言えば対象の弱点を多く突くずる賢さがあった。おひさま園――今は破壊活動に加担している子供たちが育った場所――で、風介に口喧嘩で勝てる者はいない程、彼は会話や事実の綻びを見つけて相手を追いつめることが得意なのだ。ただ一つ、彼の癖が少々厄介な場合もあるが。


「そもそも政府を悪だと言う割にいつまで経っても政府塔への攻撃をしないのは何故なのか……普通に考えれば政府塔周辺を破壊することで政府自体を追い詰めているのか……いや、性懲りもなく軍で対抗している所を見ると未だ深刻には考えていないのだろう……政府塔に何かあるのか……例えばそれを吉良星二郎は狙って……あるいは……」
「……げ、始まったぜ」
「ふ、風介?」


風介は思考に入ると周りが一切見えなくなる。更に、“考えすぎる”ことがある。


「政府塔……悪……破壊……何かに執着している……?」
「風介、またハマっちゃったね……」
「だー!帰って来いこのあほ!」


ごす。耐えきれなくなった晴矢が風介の頭上に拳を落とした。それと同時に、目が覚めたように風介が顔を上げた。考えすぎに陥った風介を、晴矢がやや暴力的に止める。彼を止める方法の一つである。


「まあ、一つだけ確実なことがある」
「あん?何だ?」
「破壊活動を行う子供たち全員、“何かがおかしい”。行動も、言動も、一部を除き全員同じだ。まるでロボットだと思わないか」


風介の言葉に、ヒロトは心当たりが幾つかあった。父親が自ら定めたリーダーである自分の命令は一応聞くが、一斉に銃を政府塔に向けたり、同じような目をしていたり、まるで宗教のように政府は悪だと口にして、考え方まで同じ。晴矢は首を傾げて、そうか?、と唸っていたが、ヒロトは風介に頷いた。


「確かに……何で気付かなかったのかな。でも、どうして……」
「これは私の推測だ。ロボットとは即ちプログラム通りに動く機械。つまり、皆何らかのプログラムを施されている――精神操作と言ったところか。そんな類だと私は思う」
「でもよ、そんならどうして俺らは平気なんだ?」
「ヒロトは実の息子だから、私は精神操作という可能性にいち早く気づいたから、晴矢は……馬鹿だからじゃないか?」
「ンな訳あるか!プロミネンスはちゃんと俺の考えを分かって行動してるぜ?精神がどうとか、ねーと思うぜ」
「!……ふん、じゃあプロミネンスが揃って馬鹿なのかもしれないな……」


何かが切れたような音がしたようなしていないような、案の定晴矢は額に青筋を浮かべて風介に掴みかかる一歩手前だった。まあまあ二人とも、とそんな晴矢をヒロトが宥める。彼を止める方法の一つである。


「でも、俺は風介の言う事合ってると思う。どうすればみんなを元に戻せるかな?」
「これも推測だが……全員に一致していることと言えば、コレしかないだろう。つまり、原因はコレだ」


風介がポケットから取り出したのは、身につければ身体能力を上昇させると説明されたエイリア石と名付けられた石を首飾りとして加工されたものだった。紫色に光るその石は、確かにおひさま園の子供全員が所持している筈だ。これが無ければ、皆ただの子供なのだから。


「“銃”もそうだけどよ、この石も訳わかんねーよな」
「ああ。ただ身体能力を上昇させるだけでは無いのだろうな……」
「じゃあ、これを壊せば?」
「駄目だ。吉良星二郎への対抗策が無くなる。これを利用する気概でなければ」
「へえ、お前にしちゃ大胆な事言うな」
「きっと何か方法がある筈だ。私はそれを調べようと思う」
「風介一人で?」
「……いや」


あと二人、協力出来る奴がいる。そう言った風介は少しだけ楽しそうに笑った。


「俺はこの施設全部調べてみる。俺なら、ある程度の部屋全部入れると思うし」
「じゃあ俺は政府塔でも調べてみるとすっか」
「……確実に信頼のおける奴とだけ行動してくれ」

所々和やかな雰囲気になったりして、久々に集まった三人は昔と全く変わらなかった。しかし、晴矢と風介が相変わらず不利と有利が明確な口喧嘩をし始めた傍で、ヒロトの表情は暗い。彼の頭の中で、父の言葉と風介の言葉が甦る。


“ヒロトは実の息子だから”
““お前”には関係ない!!!”

(考えすぎ、だと思う……いや、思いたい……)


父の叫んだ“お前”とは勿論目の前に居たヒロトを指した言葉だが、ヒロトは少し違和感を感じていた。
――まるで“ヒロト”ではない、“他人”を指した言葉に聞こえたから。


「ヒロト」
「……えっ?何?」
「あんまり一人で考え込むな。何かあったらすぐ言えよ」
「必ず打開する、この状況をな」
「……晴矢、風介」


さっきまで怒鳴り合っていた二人が真剣な眼差しで自分の身を案じている。それがおかしく思えたのと、少しだけむず痒い気持ちになったヒロトは、明るく笑ってむず痒い気持ちをごまかした。そんなヒロトを見て、晴矢と風介も表情を和らげる。
少し無理をしがちな彼を止める、唯一の方法である。





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