カツ、カツ、カツ。
冷たい空気が満ちた廊下に、一定の間隔を保って響くやや軽快な足音。場違いなその音と全く同じタイミングで、廊下にポタポタと赤い液体が左胸から滴り落ち、鉄臭い軌跡を作る。赤い髪を逆立てた彼の異常とも言える真っ白な顔にもまた、彼のものではない血が付着し、身に纏う白かった筈の衣装は、誰かの返り血にまみれていた。


「遅かったな」
「……研崎」


今の姿とは裏腹に、鼻歌でも歌いだしそうだったグランの雰囲気が、一気に冷やかなものに変わる。深緑の瞳が、睨むように研崎を見つめる。


「また仮面を付けずに行ったのか。あれ程注意しただろう」
「ヤだね。あの仮面センス無い」
「……お前が何故生かされているのか、分かっているだろう。命令を聞け」


吉良の前ではいたって温厚な研崎の態度や口調、雰囲気までもがガラリと変わる。研崎を信用している吉良がこの光景を見たら驚くだろう。しかし、そんなことはこの男にとって些細な事でしかなく、吉良は自らの野望の近道として“利用”しているに過ぎない。この二人の間に、真実の主従関係など無い。


「……生かされている?誰が?誰に?」
「お前が、私達にだ」


キョトンとしたグランの表情が、研崎の答えを聞いて一変、無邪気な子供のように笑い出した。笑い続ける血まみれの子供など不気味以外の何物でもなく、研崎は僅かに眉間に皺を寄せた。


「はは……笑いすぎて涙出た。勘違いしないでよ。俺はお前らに命乞いした覚えなんて無い。俺の生は、お前らが勝手にやってる事なんだよ。それに……俺はお前の為に動いてる訳じゃない。俺は父さんの為にしか動かない」
「……その捻じ曲がった性格。これだからお前は“基山ヒロト”に負けているんだ」


ため息交じりに研崎がそう言った瞬間、グランの血まみれの右腕が研崎の心臓目掛けて飛び出した。打つ為ではなく貫く為の手刀の形をした右手が、研崎のスーツの一寸先で止まる。一瞬の恐ろしい出来事にも関わらず、当の本人、研崎は無表情のままだった。


「……お前を殺すと父さんが俺の事嫌いになっちゃうからね。でも、二度は我慢出来ないかも」
「……フン」


ス、とグランの右腕が離れ、そのまま研崎を素通りし、グランは廊下の闇を進んだ。表情は鬼のようで、痛々しい殺気を放ったまま。


「グラン、左胸はどうした」
「――知らないよ」


どうせあと30分もすれば治る。そう吐き捨てて、グランは背後で何か言い続ける研崎を無視して足を速める。今の彼には、研崎の台詞が痛く突き刺さっていた。


(……俺の方が絶対に優れている。なのに、なのに“ヒロト”は“あいつ”だ)


とても大切であり、とても憎くあり、守るべきであり、怨むべきであり、唯一羨ましいと感じる存在である。それが彼にとっての“基山ヒロト”であった。似て非なる存在。それが二人の最大にして最低の関係性。


(何も知らないまま、ヘラヘラしてるのが“ヒロト”なのか。――違う、父さんの役に立っている、俺が絶対“ヒロト”になる。俺も“ランクA”なんだから)


破れた左胸の衣服の奥で、再生を始めた皮膚に、黒い“110−A”という文字が小さく浮かび上がった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -