政府塔付近で起こった新たな破壊活動を眼前で目撃したある政府要人の男は、仲間の制止も振り切り部下を伴って政府塔を飛び出した。栄えた中心区域から遠ざかる外部区域、つまり貧しい区域の民間人から何かにつけて巻き上げた金で作り上げた邸宅の方が、政府塔より安全だと声を張り上げたからだ。襲撃地に近づかないよう遠回り気味に、真夜中の街をリムジンが走る。遠くではサイレンがけたたましく鳴らされているが、現在走行している街は何の異常も無く、男は漸く安堵の息を吐いた。



「全く、相手は十五そこらのガキだそうじゃないか。軍隊は何をやっているんだか」
「しかし、政府塔から脱出してよろしかったのですか?」
「どうせ外部区域の人間の仕業だ。近い将来狙われる場所に居続ける必要などあるものか。貧民は大人しく我らに貢献すればいいのだ」



何度か政府に対し反乱を企てた外部区域の人々が街を埋めたことがあった。しかし、何の理解も話し合いも無く、抵抗する人々は次々と殺されてしまった。男は特に外部区域の人々を忌み嫌った故に、率先して人々の殺害を買って出ていた。恨まれる覚えがあることを自覚こそすれ、別段自分が悪いとも思ってはいない。現状に抵抗するのが悪い。甘んじて受け入れるべきだ。どんな非道なことも、そういった理論で躊躇無く行い、高みの見物をしてきた。
真夜中ということと、破壊活動が多発していることが相まって、他の車どころか人一人歩いていない。
その時、バキッという変わった音と共に、男の目の前で車内の天井から真っ白な腕が生えた。



「うわああぁぁあ!」
「ああ、外しちゃった。失敗失敗」



瞬時に引き戻された腕が開けた天井の穴から風に紛れて声がする。それは不安定な走行を続けるリムジンの上に、襲撃者が乗っていることを示していた。車内は一気に混乱した。



「何だ!?例のガキ共か!おい、さっさと振り落とせ!!」
「は、はいい!」
「無駄だよ」



リムジンの正面に、少年と思しき影が降り立つ。運転手が反射的にブレーキをかけるが、“普通”の少年であったらこのまま間に合わず轢いてしまっただろう。しかし、少年は右腕を前に突き出すと、そのまま迫り来るリムジンを片腕で受け止めた。リムジンの前方がひしゃげて潰れ、運転手がガラスの破片を浴びる。リムジンの破損は大きいのに対し、少年は受け止めた位置から一歩も動いておらず、かつ無傷だ。血だらけになった運転手の後ろの席から、壊れたドアを蹴破って男と部下達が転がるように脱出した。



「逃げないでよ、面倒だ」
「あいつを撃て!」



真っ赤に燃える炎ように髪を逆立てて、白い衣装を纏った少年は、男の部下数名から銃を向けられようと何の動揺も見せずに男に向かって歩き始めた。それを止めようと部下達は引き金を引く。しかし、弾は当たらない。それどころか、少年が指を鳴らすような仕草をした後、部下達が一人ずつ悲鳴を上げて倒れていく。弾丸を、弾き返しているとしか思えなかった。



「さて、後はオジサンだけだね」
「くく来るな!来たら、お前の心臓を撃ち抜くぞ!!」



声も手も情けなく震わせている男は、倒れた部下の手から銃を奪って少年の左胸に照準を合わせようとした。だが、手が震えて離れた位置の少年の左胸、むしろ少年自身を撃つことなど不可能だった。



「くそ…くそ…!」
「撃たないの?撃たないと、オジサン多分死んじゃうよ?それとも、狙いにくい?」



じゃあこうしよう。そう言って少年は男に近づき――男が構える銃の銃口を自分の左胸にあてがった。これには驚いた男だったが、少年の異常さに裏があるかもしれないなど深く考えずに自分の優勢さを確信した。



「これであとは引き金を引くだけ。それでオジサンは満足?」
「外部、区域の連中は、馬鹿だな!心臓撃ち抜かれて生きてる人間なんか居るはずが」



パァン。何の前触れも無く銃声が真夜中の闇に木霊した。痺れを切らした少年が、自ら引き金を引いたせいだった。男は何が起きたのか呆然とするばかりだったが、左胸から血を流す少年が不気味に微笑むのを見た、見てしまった。



「ハズレ。俺の心臓、ココじゃないみたい」
「な、な何なんだ、お前は」



にっこりと、それは綺麗に笑って、少年はさっと右腕を引き、小さな声で囁いた。



「――グラン、だよ」



直後、その右腕が男の左胸を貫き、一瞬目を見開いた後、男は血を噴き出して動かなくなった。白い衣装が、もう誰のものか分からない血で染まる。その髪と同じように。



「――でも、絶対俺が“ヒロト”になる…!」



怒りに満ちた決意だった。だって俺はこんなに頑張っているんだ。そう呟いた少年の声音が、先程とは裏腹に少し寂しげだったということなど、誰も知らない。






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