時刻は午前二時。古くは丑三つ時とも称された真夜中、彼は入り組んだ路地を懸命に駆け抜ける。今の教科書に載るような街並みとはかけ離れてしまった帝都の中心から脱出し、ただ家へ帰る為に。
――ああ世界は変わった。子供だった頃の自分に追いつく隙も与えず、世界はコインを裏返すように容易く変わってしまった。やっと追いついたと思った時には堅苦しいスーツを身に纏って政府塔に勤めていた。いつか政府塔に上り詰め、冗談にもならない圧政から人々を解放したいと――本心は父に告げずに、政府に尽くしたいなんて嘘を吐きここまで来た。
しかし、どうやら自分はやらかした。聞いてはいけない会話を聞いてしまい、自分が知ってしまったことを政府に知られてしまった。闇に、触れてしまった。



(息が、つらい。昔だったら、こんな距離どうってことなかったのにな)



追われているにも関わらず、乱れた息ともつれた足が休息を求めたがる。とうとう冷たい壁に背中を預けてその足は止まった。仲間達と一緒にボールを蹴って遊んでいた昔の足とは違う。仲間達もきっと衰えたに違いない、と思い出に浸った所で思い出した。ああ、そうだ、仲間達はみんな死んでしまった。政府に反抗して、それで。



「!?」



気を抜いていた。足音が近い。彼は息をのんで震える足を引きずるように再び走り出す。追いつかれてはいけない。見つかってはいけない。家に帰り、政府の隠した真実を父に話せば、絶対に闇が陽の下に曝される。犠牲者を増やしてはいけない。これは自分にしか出来ない。自分にしか、出来ない。



(見えた、あの道路を、越えれば……!)



整然とした道路。横断歩道の信号は青。青は渡っていいと教わった。世界が変わる前も後もそれは変わらない。何度裏返してもコインに価値があるように、世界に貼り付いた理。道路を越えた先、すぐに大きな家がある。安心が体の底から湧き上がる。逃げ切れる――そう確信した彼は今更、自分に向かって走ってくるトラックに気がついた。



(あ――)



――整然とした道路。横断歩道の信号は青。青は渡っていいと教わった。世界が変わる前も後もそれは変わらない。何度裏返してもコインに価値があるように、世界に貼り付いた理。
その理は――死人には通じない。



(――ああ、二人とも)



――ごめん、俺はもう帰れない。
瞬いた後、衝撃と暗闇が彼を襲った。彼の髪と同じ色が、トラックや道路を鮮やかに染める。そして彼自身も。

信号が、赤に変わった。



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