02.


「…と、…いと……快斗ってば!」

 は、と弾かれたように顔を上げれば、目の前には幼馴染みが迫っていた。しまったと思ってももう遅い。上目遣いにこちらを睨んでくる彼女は、かなり訝しげだ。
 思わずへらりと笑みを作るが、彼女の眉間に刻まれた皺をますます増やしただけだった。

「…ねぇ、どうしたの? 快斗、最近なんか変だよ」

 心配そうに見上げてくるその真っ直ぐな視線を受け止める。
 脇を擦り抜け横断歩道を渡って行く人波を見て、快斗は漸く自身が幼馴染みと共に信号待ちしていたことを思い出した。信号が赤から青に変わっても動く気配の無い快斗に、彼女が疑念を抱くのも無理はない。まして、こういったことが今日だけでないなら尚更だ。
 快斗は困ったように笑ってみせた。

「わりーわりー、ちょっと考え事してた」
「…本当に?」
「ああ、何でもねーよ。行くぞ、アホ子」

 そう言って歩き出す。途端に「アホ子じゃないもん、青子だもん!」と騒ぎ出す幼馴染みを降り切るようにして足を早めた。
 今の快斗に見える世界は黒白だ。当然、交通を整理するための信号の色も判別出来ない。周囲の動きを確認すれば判断も可能だからあまり困ることもないが、少々不便であることは確かだ。そうと悟らせるわけにもいかない。
 彼女が自身を心底案じてくれているのはひしひしと感じるのだが、事情を打ち明けるつもりは毛頭無い。余計な心配は掛けたくないのだ。ならば異変を知られることなく完璧に騙しきらねばならないのに、それすら出来ずに結局こうして不安にさせている。失態だ。
 横断歩道を渡りきって青子を待つ。追い付いた彼女の髪をくしゃりと撫でて、偽りの言葉を吐き出した。

「心配するようなこと、ねーからさ。サンキュな」
「…うん」

 貼り付けた笑みを見せれば、そうとは気付かず途端に顔を綻ばす彼女の、その屈託ない笑顔すら色褪せて見えて、快斗は疾うに忘れた筈の感情を少しだけ思い出した。
 それはチクリと胸を刺すような、罪悪感という微かな痛みだった。


(12/4/01)

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