※わんくっしょん!(性的描写注意)











愛、或いは、本能


『神出鬼没の怪盗KIDは、今夜もまた、大胆不敵なマジックで犯行を成功させました。警察は…』

 テレビから聞こえてきたそれに、新一の意識は持っていかれた。月下の奇術師の呼び名を戴く国際指名手配犯は、予告状通りまんまと獲物を盗み出し、警察の包囲網を擦り抜け逃走を果たしたと言う。
 けれど恐らく諦め悪い警察の執拗な追跡にあっていることだろう。馴染みのある熱血警部の顔が脳裏に浮かび、ふっと笑みが零れた。
 が、同時に、今夜は英国帰りの探偵も捜査に加わっていたことを思い出して、すぐに眉根を寄せた。ここのところ頻繁に犯行を繰り返し疲労が溜まっていたようだから、今のKIDにはその執念が堪えるかも知れない。無事帰ってこられるといいのだが。

「はぁ、寝よ」

 溜息ひとつ。徐にテレビを消して、風呂上がりで濡れた髪を拭きながら自室へと向かう。
 探偵が怪盗の心配をするのはちょっとおかしいかも知れない。けれども、もうとっくにその事で悩む時期は過ぎた。
 なんせ当の怪盗が、探偵の家に同棲して暫く経つ。同居ではない、同棲だ。つまり、そういうことである。今更だ。
 だからと言って、捕まえたくないから現場に行かないわけではない。予告があれば相変わらず現場へと赴き、智力体力の限りを尽くして攻防を繰り広げるのだけれど、今夜はタイミングが悪かった。一課からの要請が入り、新一は殺人事件の捜査に駆り出されたのだ。予告時間には間に合わなかった。
 新一が怪盗KIDよりも殺人事件を優先することは、かの怪盗とて承知の事実。文句を言われることもないが、残念に思わないでもない。KIDとのやりとりは、純粋に楽しい。
 少しばかり憮然として、未練を振り切るようにベッドに潜り込む。新一とて、連日のように捜査に参加していて疲れていた。今夜は早く寝ようと明かりを消して目を瞑った、次の瞬間だった。
 ギシ、とベッドが軋む音を聞いたと同時、身体に圧し掛かる重さに目を見開く。視界は闇に塗り潰されているが、それでも全身真っ白なその衣装はハッキリと確認出来た。

「…KID?」

 KIDの向こう側に全開の窓が見えた。カーテンがふわふわと風に揺れている。何時の間に入ってきたのか、まるで気がつかなかった。

「おい、帰ってきたんなら、その服脱げよ。あと、ちゃんと玄関から帰ってこい」
「…解ってる。解ってるけど…、うあー…ねみぃ…」

 ボソボソと呟くような答えが返り、ぐったりと倒れ込んでくる。

「つーか、重てェ! おい、快斗!」
「…すっげ疲れた…。ねーよ、あれはねーよ…こっちだってさ…準備とか、いろいろ、大変で…」

 ダメだ、聞こえてない。無傷できちんと帰ってきたことには安堵を覚えたが、どうやら警部と自称KID専任の探偵とには相当追い詰められたらしい。溜まりに溜まった疲労と眠気が限界のようだ。
 仕方ねーなと溜息を吐いて、新一はシルクハットに手を掛けた。ベッドサイドのテーブルに腕を伸ばしてそれを置く。次いでモノクル、マントと外して同様に避けると、ネクタイに触れる。しゅる、と解いている間、あれだけブツブツと呟かれていた快斗の文句はピタリと止まっていた。

(…寝たか?)

 人の上で寝るなよ。と顔を覗き込んで、新一はぎくりと硬直した。目が合ったのだ。眠そうに細められた紫苑の瞳の奥に、不穏な色を宿している気がする。

「あー…、…快斗? …っ!?」

 思わず視線を逸らして逃げ腰になる新一の腿の辺りに当たる感触に、汗が吹き出る。嫌な予感がした。

「ッおい! 何考えて…」
「何かさー、したくなった」
「疲れてるんだろ、寝ろ」
「男ってさ、疲れてる時ほど、性欲が高まるイキモノらしいよ?」
「知らねーよ、一人でやってろ!」

 ぐりぐりと下半身を押し付けられ、堪らず身を起こし掛けたが、肩を押さえられて布団の上に逆戻りだ。何時の間にか掛布も取り払われていて、寝間着の裾から入り込んだ手が肌を撫でるのに狼狽える。
 やめろと騒いでいたら、口を塞がれた。触れた唇から差し出された舌が口内に入り込み、自身のそれを無理矢理絡め取られる。角度を変えて、何度も何度も。
 その間も快斗の手は止まらず、臍の辺りを撫でていたと思えば、脇腹から腋の下へ移動し、鎖骨を辿る。空いた左手は器用にも、寝間着の釦をひとつずつ外しているけれど、キスが激しくてそれどころではない。

「ちょ…ッ、…ん、」

 制止の言葉も、押し退けようと肩に掛けた手も意に介さず、肌蹴た隙間から這わされた指先が胸の突起を擦る。両方を同時にくりくりと捏ね回され、快感が背筋を駆け上がった。

「ぅんッ…あ!」

 漸く解放された口から、濡れた吐息が零れた。
 気を良くしたらしい快斗の唇が、鼻先、頬、頤、首筋へと移動し、鎖骨をべろりと舐めて強く吸い付く。紅い痕が付いたのを確認して、満足そうに笑みを浮かべている。
 浅く荒い息を繰り返しながら見上げたその表情に、新一はぞくりと身を震わせた。
 眠気で理性が飛んでいるのか、快斗の眼光は獣のようだ。追い詰められた獲物は、その鋭い視線を前にしては、ただ喰われるのを待つ他無い。一瞬でも怯んでしまえば獣はすぐさま喉元に噛み付いてきて、逃げることは疎か、宥める術さえ思い付かない。

「…はっ…か、ぃと…」

 咽喉を甘く噛まれて、声が震えた。縋るように呼んだ名前は届かなかったのか、或いは届いていても無視されたのか、霞み始めた思考では何も見出だせない。
 快斗の手は更に進んで、気付けば下着ごとズボンを脱がされていた。外気に触れ、内腿がピクッと動く。
 既に緩く勃ち上がった新一自身を徐に握って上下に軽く擦られれば、たちまち固くなって反応を示す。それを見て舌舐めずりした快斗は、更に激しく攻め立て追い詰めていった。
 新一の口からはもう意味を成さない声が吐き出されるだけになっていた。
 纏まらない頭でぼんやりと考える。自分は寝ようとしていたはずだ。覆い被さっている目の前の男だって、眠いと全身で訴えていた。なのにどうしてこうなったのか。寝るの意味が違う。

「ひっ!」

 下肢を襲った急な冷たさに、新一は息を飲んだ。ローションを垂らされたらしい。竿をとろりと流れていく微妙な刺激すら快感になって、身体中を熱が駆け廻る。
 快斗はその長い指で腹につきそうなほど反り返った新一自身の裏筋を殊更ゆっくりと辿り、ローションを掬って更に奥へ手を伸ばしてくる。狭間に塗り込めるように撫でつけ、閉じられたそこを確かめるようにくにくにと押してから中指を差し挿れられた。

「ああッ…やっ…」
「イイ声」

 思わず上擦った声が洩れて、快斗の甘く掠れた低音が耳に直接流し込まれた。羞恥に顔を真っ赤に染める。
 次第に大胆になる快斗の指が、慣れた手つきで本数を増やし入口を拡げていく。隅々まで知られた敏感なところばかり攻められて堪らず身を捩るが、腰を押さえ付けられ、伸び上がるようにして唇を塞がれた。
 そのまま唐突に指が引き抜かれ、代わりに入口に熱が触れた。新一ははっと目を見開く。
 それとほぼ同時に快斗がぐっと押し挿ってきて、新一は口接けから逃れて嬌声を上げた。

「ふぁ、あっ、」
「…は…」

 衝撃に背を撓らせて新一が喘ぐ。
 圧倒的な質量に、圧迫感に襲われはしたが、快斗の形をしっかり覚えさせられた中はすぐに柔軟に快斗を包み込む。それを知っているだろう快斗は、小さく息を吐き出しただけですぐに腰を打ち付けてきた。息を整える暇もない。
 いささか性急すぎる気がするのも、いつもより口数が少ないのも、恐らく快斗にも大した余裕がないからだろう。とにかく眠いのだ、互いに。
 それでもいざ触れ合ってしまえば簡単に熱は上がり、ここまで来てしまえば抑えようがないほど昂って収拾もつかない。

「あ、あぅ、やっ、アッ、」

 容赦なく揺さぶられながら、涙で滲む視界の中で、新一は必死に伸ばした腕を快斗の首に回す。ただひたすら快楽に溺れて何も考えられなくなっていく一方で、目の前にある存在を確かに感じていたかった。

「かいと…かいと…!」
「ッは、…しんいち」

 名前を呼んで必死にしがみつく。応えるように名を呼び返され、快斗が更に身体を寄せてくる。
 隙間などなくなるくらいにくっつきあった二人の間に挟まれ、抽送を繰り返す度に新一自身が互いの腹に擦られてダラダラと先走りを零す。下肢から、ぐち、ぬちゅ、と淫猥な水音が響き、羞恥とともに興奮を煽った。鍛えられた快斗の腹筋に、もっともっとと腰を押し付ければ、嬉しそうに口端を吊り上げた快斗の長い指が絡みつく。前と後ろを同時に攻められて、あまりの刺激に悲鳴にも似た甲高い声で啼いた。
 えも言われぬ熱が身体中を支配して、背筋をぞくぞくと這い上ってくる感覚。快斗が突き上げてくる速度も増して、限界が近いと感じた瞬間、目の前が真っ白に弾けた。

「ぁ、あっ───…!」

 びくん、と一際大きく震えて背を反らし、快斗の手の中に射精する。

「…っく…」

 中が強く収縮して、締め付けられた快斗が小さく呻いて欲望を吐き出した。
 耳元を擽る吐息と腹にじわりと伝わる熱、絶頂の余韻に、新一はひくひくと痙攣を繰り返す。倒れ込んできた快斗を退かす気力も無く元々の眠気も手伝って、迫ってくる睡魔に抗うことなく目を閉じた。

「…おもい…」

 意識が闇に飲まれる寸前、舌足らずな文句が零れ落ちた。

(13/10/10)


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