可惜夜


ふわりと通り抜ける風は、まだ幾分肌寒かった。
しかし桜が咲き始めたこの季節、歩き回ってほんのり熱を持ったこの身体には、夜風が心地好い。
夜空には鏤められた星々が煌煌と瞬き、そこだけが切り取られたようにぽっかりと満月が浮かぶ。
それらを眺めながら、沖田は夜道を一人巡回していた。
夜勤なんて怠いだけだと思っていたが、なかなかに風情ある景色を拝めるなら、そう悪くもないのかも知れない。
かぶき町の激しいネオンと汚れた大気が原因で、星がこんなに綺麗に見れるのは誠に希有だ。
今宵は、雨が降った後なのとすっかり夜が更けたこの時間帯のお陰で、満月も大きく見えた。
賑やかな夜空の下、沖田はゆったりと歩を進める。
月が黄色だなんて、一体誰が決めたのか。
例えば今夜のように、薄ら青み掛かった白色の時もあるのに。
真ん丸の月から銀色の光が、宵闇の大地に降り注ぐ。
こんな夜、沖田は決まって彼を思い出す。
美しく、けれど何処が儚い、闇を照らす銀色の光───。


不意に、視界の端にちらりと白い影が映った。
目を凝らしてみれば、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ人影。
それが一体誰なのか、沖田はすぐに解った。

「旦那」

近付いて行って声を掛ければ、ぼうっと夜空を見上げていた人影は、ゆっくりとした動作で沖田を見た。
ふわふわとした珍しい銀髪。白い着流しに包まれた、透き通るように白い肌。その中で際立つ、深紅の瞳。
沖田が想い描いていた、万事屋主人、坂田銀時その人だった。

「よお、沖田くんじゃん」

ひらりと片手を挙げて、彼は言った。

「何してんの? こんな夜中に」
「生憎と仕事でさァ。見て解りませんかィ?」
「それはご苦労なこって」

小さな笑みと共に、銀時が零す。
全くでさァ、と沖田も返すと、決して重くはない沈黙が降りた。

「旦那はこんな処で、一体何をやってたんで?」

その沈黙を破って沖田が問えば、銀時は小さく唸って、僅かに考える素振りを見せる。
その間に緩やかに風が通り過ぎて、銀髪を揺らした。
銀時はそれを右手で押さえ、瞳を伏せた。
銀色の睫毛が肌に影を落とし、その意外な長さに少しだけ驚いた。

「…綺麗だったから、つい、な」

自然な仕草で天を仰ぐ。
ふわりと銀髪が揺れた。
銀時の視線を追って、沖田も夜空を見上げる。
満月が相変わらず輝きを放っていた。

綺麗だった。

月が、ではない。
月を眺める銀時が、だ。
普段はだらしない態度と下品な言動で隠れてしまっているが、彼は存外整った顔立ちをしているのだ。
珍しい銀髪は青白い月光を浴びてキラキラと光り、白い肌と服は闇夜に映える。
何を想うのかぼんやりと月を見上げる姿は幻想的で、何処か儚く、そして酷く美しい。
その姿に、沖田は暫し見惚れた。
そして、夜が明けなければいいのに、と思った。
この綺麗な姿を、何時までも見ていたかった。
…そんな事は、決して叶わぬ願いだけれど。
意識が現実に浮上したのは、天を見上げていた銀時が漸く沖田へと視線を戻した時である。

「流石に寒くなってきたし、そろそろ帰るかなぁ」

がしがしと頭を掻いて、沖田に向かって一言。

「じゃ、お仕事頑張って〜」

ひらひらと手を振ると、銀時は踵を返した。
遠ざかる背中。
それに寂しさを覚えるものの、今の沖田は彼を止める術を持たない。
今宵を惜しみながら、ただ只管に去って行く背中を見送った。
白いその人は、やがて宵闇に溶けて、消えた。




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可惜夜(あたらよ)

明けてしまうのが惜しい夜。
(08/04/18)


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