濃い黄色の満月が、宵闇の空にぽっかりと浮かんでいる。
見上げるそれは変わらぬ距離である筈なのに、今日は大きく見えた。
周りには星々が炯々と輝き、雲の無い空から目映いばかりの光が降り注ぐ。
届きそうな気がして、銀時は縋るように手を伸ばした。
けれども届く筈はなく、虚しさにきゅっと手を握り締める。

「…何してる?」

不意に背後から声が掛かった。
応えは返さず、持ち上げていた腕をゆっくりと下ろす。
幾らか間を置き漸く「別に」と素っ気なく返すと、返事は期待していなかったのか、土方は僅かに驚いた顔をした。
それが少しだけ、気分を昂揚させた。
土方は静かに近付いて来て、銀時の隣にやおら腰を下ろした。
目線だけで促せば、土方は遠慮無く徳利を手に取り、猪口に酒を注ぐ。

「月見酒たぁ、粋じゃねーか」

ニヤリと言う風に口角を吊り上げ嫌味たらしく笑う土方に、銀時はフッと笑みを浮かべ無言を返した。
風流めいた事をするつもりなど、全く無かった。
ただ単に酒が飲みたくなって、縁側に出て手酌した。
春が近付くこの季節は、だがまだ肌寒さの残る微風が頬を撫でていく。
しかしそれすらも、酔いで火照った身体には心地好い。
ふと仰いだ空に浮かんだ満月が、偶々目を引いた。
ただそれだけの事だった。
どちらとも言を発さず、沈黙が辺りを支配する。
しかしながら、それはちっとも嫌なものではなかった。
それどころか、居心地の良ささえ与える。
もう少しだけこの空気の中に居たいと思う気持ちもあるが、つもりなど無くとも折角月見酒などと言う洒落た事をしているのならば、それなりに楽しみたいとも思う。

「…なぁ」
「…あ?」

呟くように声を掛ければ、不機嫌そうな声が返ってきた。
けれどそれはいつもの事なので、大して気にも留めず再び口を開いた。

「月と太陽、どっちの方が寂しいと思う?」

視線は夜空の月を眺めたままだ。
唐突な問いに、土方は普段から刻まれた眉間の皺を更に増やした。
質問の意図が解らず、土方は問い返す。

「月と太陽が…何だって?」
「だから、どっちの方が寂しい思いをしてると思う?」

土方は思わず押し黙る。
銀時のこの質問に何の意味があるのか、測りかねたからだ。
こう言った不明の台詞は、銀時と言う男にとってみれば何も今日に限った事だけではないが、意味を理解しなければ答えようもないではないか。
そうして沈黙を保つ土方に、銀時はフッと柔らかく笑ってみせた。

「そのままの意味だよ。深く考えんな」
「……月、だろ」

小さな答えに、銀時は「月かぁ」と零す。

「なんで?」
「…夜って言ったら、そんなイメージだろうが」

予想通りだと、銀時はクスクス笑った。

「…お前は」
「太陽」

何故、と土方の表情が問う。
それを無視して酒を呷る。
土方が徳利を差し出してきたので、猪口を寄せると、酒が並々注がれる。
酒の水面に天空の月が映り、ゆらゆらと揺れていた。

「…ああ、こうすれば手が届くのか」
「あ?」
「いんや、独り言」

猪口に口付け、酒を嚥下する。
水面に浮かんだ月が大きく揺らぎ、酒と共に咥内へ飲み込まれていった。
しかしそれは結局紛い物でしかなく、天を仰げば本物がこちらを見下ろしている。
手に入れたつもりになっても、決して手に入る事は無い。

「…月は、さ。独りじゃないだろう?」

そう言って月を見上げれば、土方も釣られて仰ぎ見る。
爛々と輝く月の周りには、数多の星が同じように光り輝いていた。
土方は太陽を思い出す。
自らが目映い光を放ち世界を明るく照らすそれは、だがそれ故に周りには何処までも空が広がっているだけだ。
それは確かに、孤独のようにも思えた。
しかしながら、今頭上に輝く月の周りには数多の星が鏤められ、本来ならば暗い筈の夜空は、昼間の青空よりも賑やかに見える。
成程太陽が寂しく思えるわけだ。
暫くそれらを眺め、土方は嘲るように鼻を鳴らした。
一笑に付されるとは思っておらず、睨むように土方を見遣れば、土方は人を小馬鹿にしたような笑みを湛えて銀時を見た。

「月や太陽が、感情を持ってるわけじゃねーだろ。…くだらねぇ」

土方は再度鼻を鳴らすと、ぐいと酒を呷った。
土方のそんな態度に、しかし不思議と怒りは湧いて来ず、寧ろ何処か気が楽になったような感覚さえ覚えた。
妙に説得力のある男だ。

「…でも、いい酒の肴にはなったろ?」

微笑を湛えて銀時が問えば、土方は「違ェねぇ」と応えて軽やかに笑った。
気付けば東の空が、仄かに明るくなってきていた。




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暁月夜
(あかつきづくよ/あかときづくよ)

夜明けに月の見える空の状態。
また、その月。
(08/01/14)


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