すうっと伸びた薄雲が、澄んだ蒼い空をゆったりと流れていく。
吹く風はそよそよと銀色の髪を優しく揺らし、西に傾き始めた太陽は、真夏の強い日差しとは違う柔らかい光を降ろしていた。
辺りが静穏とする中で、時折小さく人の話し声が聞こえてきて、それが酷く心地好い。
穏やかな午後の屯所の庭を緩緩と歩きながら、銀時は大口を開けて欠伸をひとつ。
平和だった。
だが平和故に、飽きが出始めていた。
そもそも、何故屯所の庭を緩歩しているのか。
それは偏に、暇を持て余していたからだ。
気紛れに土方の元を訪れたのだが、彼は生憎と仕事で忙しかった。
けれども折角来たのだから、何もせずに帰るのは嫌だった。
仕方無く、ならば終わるまで邪魔せず待っていようと思ったのだが、ジャンプも置いていない土方の部屋では直ぐに暇を持て余した。
ふらふらと屯所の中を歩き回り、途中仕事をサボっていた沖田と話したり、ミントンをしていた山崎に茶と菓子を貰ったり、ゴリラをからかってみたりもした。
けれどどれも長時間とはいかず、何とはなしに庭を散歩することにした。
大人数の暮らす屯所は広く、その庭も比例するようにまた然り。
ゆったりと歩けばそれなりに時間も潰せたが、殊に何も無い庭を見て回ったところで楽しいとは言い難い。
しかし時折の新発見や擦れ違った隊士との閑談、何よりこの穏やかな時間がなかなかに良かった。
だがそれも、一時も過ぎれば飽きがくる。
屯所に来てからは、既に半日は経過していた。
土方はまだ仕事が終わらないのだろうか。
嫌な考えが頭を過る。
土方の忙しさは知っているから、もしかしたらこのまま夜まで…否、最悪今日中には終わらないかも知れない。
そこまで考えて、それだけは絶対に嫌だと思った。
そもそも、実は土方に会う事自体久方ぶりなのである。
互いに仕事が立て込み(万事屋は珍しく立て続けに仕事が入った)、連絡は愚か町中でばったりと言うことも全く無かった。
漸く仕事が一段落した今日、会いたいからこそやって来たのだ。
未だ土方が忙しないとは言え、やはり少しでも土方と過ごしたいと思い立ち、土方の部屋に向かおうと踵を返す。
その直後、庭の端にある草叢がガサガサと音を立てた。
瞬時に反応した銀時がそちらを見遣る。
草叢が騒々と揺れ動く度葉擦れの音が立つが、その原因が不明だ。
幾分緊張しつつ草叢を注視していると、

「にゃあ」
「…ねこ?」

飛び出してきたのは、一匹の猫だった。
猫は白と黒とが万遍無く混ざり合ったような、綺麗な灰色をしていた。
銀時はほっと息を吐き、猫に近付く。
すると驚きか警戒からか、猫は地を蹴り屯所を囲む塀の上に飛び乗った。
きらりと光る大きな金の瞳が、銀時をじーっと見つめている。
それを見つめ返す。

「にゃー」

猫がまた、一声鳴いた。

「…にゃあ」

銀時が、猫に向かって答えた。
鳴き声を真似たそれに、ぶっ、と言う不細工な音が続いた。
後ろから聞こえたそれに胡乱げに振り返って、銀時は固まった。
背後には、土方が立っていた。

「おま…にゃあ、って…」
「てめ、聞いてんじゃねーよ!」

口元を押さえながら零した土方に、銀時は羞恥から思わず声を上げた。
猫の耳が、ピクと動いた。
銀時が怒っているにも拘らず、土方は相変わらずくつくつと喉を震わせる。
銀時は朱に染まる頬を隠すように外方を向いた。
それから、小さく問うた。

「…終わったのかよ?」

漸く笑いを引っ込めた土方は、指に挟んでいた煙草を口に含んで紫煙を吐き出した。

「ああ。……銀時」
「…なに」

呼ばれ、拗ねたように口を尖らせつつ銀時が土方を振り向く。
土方はそんな銀時を見据え、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、言った。

「もう一回」
「誰が言うかァァァッ!」

灰色の猫がその大声に瞬時に体を起こし、塀の向こうへ軽やかに消えて行った。




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銀ちゃんが「にゃあ」って言ったら可愛いと思うんだ。
猫耳とか猫化とか関係無しに。
素面で。
(08/05/28)


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