2月14日。
その日、銀時は万事屋で一人だった。
神楽は妙と買い物、新八はお通ちゃんのライブと、子供達は揃って出掛けていた。
仕事の依頼が無いことは既に常と化していて、それ故金も無くパチンコにも行けやしない銀時は、ソファに寝転がって漫(そぞ)ろにジャンプを熟読していた。
時刻は正午を一刻程過ぎた頃である。
全員が外出する時か就寝する夜中以外は殊に鍵を掛けない玄関の引き戸が、矢庭にガラガラと開く音が届いた。
次いで聞こえた「邪魔するぞ」と言う声に来訪者が誰かを悟り、銀時は起き上がるでもなく、雑誌のページを一枚捲った。
来訪者は無遠慮に銀時のいる居間まで上がり込んで来たが、銀時は手元から目線を上げない。
来訪者は、慣れているのか銀時のその態度にも文句を言うことはなく、代わりに手に握っていたコンビニのビニール袋を差し出した。

「ん」

その声に、銀時は漸く来訪者を見た。
来訪者は予想通り土方であったが、銀時は差し出されたビニール袋の方が気になって、怪訝そうに首を傾げる。

「なに?」
「チョコレート」

返った声は、淡々としたものだった。
銀時は益々首を捻る。

「え、なに、くれんの?」
「今日はバレンタインデーだろ」

土方の台詞に、銀時は途端に目を輝かせた。
甘味好きの銀時にとって、チョコレートをタダでくれるのならば喜んで貰い受けるというものだ。
サンキュー、と礼を述べて袋を取ろうとした手はしかし、空を切った。
銀時の目が、驚きと困惑とで点になる。
銜えていた煙草をスパーッと吹かして、土方は言った。

「やる。…が、今すぐとは言ってねぇ」
「はぁ!?」

銀時は思わず声を上げた。
意味が解らない。
今日がバレンタインデーであるなら、今くれても構わないだろうに。
銀時のその疑問を察したのか、土方は相変わらずふてぶてしい態度で続けた。

「こいつ使って、チョコ作れよ」

コンビニのビニール袋に入っていたのは、コンビニで買ったと思しき板チョコが数枚。
土方は、どうせ銀時のことだから土方宛てにチョコレートを作るなんてしていないだろうと予想していた。
誰かに甘味をやるくらいなら、例えあと一口でも食べれば糖尿病になると言われようと、銀時は自分の口に甘味を放り入れるくらい甘味好きだ。
いくら土方が恋人で、付き合い始めてから初めてのバレンタインデーが訪れようが、甘味をプレゼントしてやる気は更々無いのである。
そして一方の土方は、甘いものが苦手だ。
チョコレートなんて渡したところで、本人からしてみれば嫌がらせに思えるだろう。
土方の性格からして、銀時にチョコレートをプレゼントしてくれるとも想像しがたい。
お互い、バレンタインデーなんて自分達の間には関係無いと思っていた。
否、思っていた筈だった。
だが一体どうしたことか、土方は突然やってきてチョコを作れと銀時に言う。
しかも口振りからして、銀時自身が作ったチョコレートを銀時に寄越すと言うのだ。
何故そのままでも十分過ぎる板チョコを、自分自身の為に作り直さなければならないのか。
全くもって理解しがたい土方の言動に、銀時の視線が胡乱げに細められる。
すると土方は、何を思うのか居心地悪げに視線を逸らし、

「どうせチョコなんて、甘ったるくて食えねェんだ。くれとは言わねえから、お前が作ってる姿見せろよ」

小さく零した。

「お前…それ、何か変態っぽい…」

若干本気で引きつつ、銀時はそう返した。


***


台所は、チョコレートの甘い匂いに包まれていた。
ピンクのふりふりエプロンを身に付けた銀時は、土方が持ち込んだ板チョコを細かく刻んで湯煎にかけ、ゆっくりと溶かしていく。
その斜め後ろで、土方はそんな銀時の姿をじっと見つめていた。

「…何か、すっげーやりにくいんだけど」

思わず銀時がそう零したが、土方は気にせず続けろと鷹揚に言って、それきり黙り込んでしまった。
しかし、視線は変わらず銀時一点に集中している。
銀時はなるべくチョコ作りに専念することで、土方の視線から気を逸らそうと考えた。
ケーキに使おうと買っておいた生クリームを取り出してきて、小鍋に開けて弱火にかける。
室温に戻したバターを溶け切ったチョコに入れ、ゆっくりと混ぜ合わせる。
生クリームが沸騰する前に火からおろした時、ピリリリ…と電子音が響いた。
振り返ってみれば、それは土方の携帯からだった。
土方は画面を確認した後、小さく舌打ちして電話に出た。
一言二言言葉を交わし、やがて銀時をちらりと一瞥してから台所を出て行った。
投げられた視線は恐らく、ちょっと待ってろ、と言っていたのだろう。
考えてみれば、土方は着流しではなく制服を着ていた。
と言うことはつまり、仕事中なのだろう。
もしくは、仕事の合間の昼休憩中なのか。
どちらにせよ、こんなことの為に時間を割いて来るなよ、と銀時は溜息を吐いた。
土方の話し声が、微かに聞こえてくる。
まだもう少し掛かりそうだと判断した銀時は、僅かばかり考えて冷蔵庫を開けた。
それから、中に置かれたものを確認して、ふっと微苦笑を零した。

「悪い、待たせたな」

通話を終えた土方が、台所へ戻って来る。
どうやら、すぐに帰らなければいけないわけではないらしい。
銀時は冷蔵庫を閉めると、先程までのチョコ作りを再開した。


***


「満足できましたかね?」

出来上がったトリュフをひとつ口内に放り込みながら、銀時は隣に移動した土方に問うた。

「ああ」

土方は頷いて、綺麗に並べられた丸いトリュフチョコをまじまじと眺めている。
何の飾り気もない只の板チョコが、こんな風に生まれ変わったのに感嘆の息が漏れた。

「折角だから、一個食ってみれば?」

銀時がその中のひとつを摘み上げ、土方に差し出す。
美味しいシチュエーションに、土方は断ることなど出来はしなかった。
口を開ければ、銀時がそこにひょいとチョコを放り込む。
途端に口内に広がった甘い味と香りに、土方は自然と眉間に皺を寄せた。

「甘ェ…」
「そりゃそうだ。俺用に作ったんだから」

嫌そうに言う土方に、銀時は笑った。

「約束だからな。あとはテメーで食え」

土方も納得した様子を見せて、銀時にそう言った。
甘いもんはもういい、と未だ甘い匂いの漂う台所を後にしようと踵を返す。
すると、背後から銀時に呼び止められて、振り向いた。

「なら、甘くないのはどうだ?」

銀時の手に、皿があった。
その上には、一目でチョコレートケーキと解るそれが乗っていた。
土方は思わず目を瞠る。
さっきまで作っていた菓子の中に、ケーキは無かった筈である。
驚いていると、銀時は悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべて言った。

「正真正銘、お前用の甘くないチョコケーキだぜ」

実は銀時は、自分で買ったビターチョコレートを使って今朝方ガトーショコラを作り、冷蔵庫に保管していた。
それもこれも、土方が訪れるだろうことを予想していたからである。
本当は、先も言った通り作る気なんて無かったのだが、町中で偶然会った沖田に「土方さんが旦那のチョコ貰えないかそわそわしてて、かなり気持ち悪いんでさァ」と言われてしまえば、作ってやろうかな、なんて思わなくもないわけで。

(因みに沖田は本気で嫌そうな顔をしていて、帰り際も絶対チョコは渡さないでくれと釘を刺された。十中八九嫌がらせの為だろう)

何も言わない土方を窺うように覗き見れば、半ば放心気味の土方と目が合った。
次の瞬間、土方は嬉しそうに破顔した。
珍しくも素直なその笑顔に、銀時は驚いて、それからすぐに顔を背けた。
不覚にも、顔が熱い。
土方は左手で皿を受け取ると、空いた右手で銀時の腰を抱き寄せた。
土方の腕の中に納まった銀時が、赤面した顔をゆっくりと上げる。
絡み合う視線。
互いに何も言わず微笑むと、次の瞬間には瞳を閉じて、甘いキスを交わした。




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バレンタインだし甘くてもいいよね!と思って書いてみたら…おぇー(甘過ぎてリバース)
てか何だこのタイトル^p^
(09/02/14)


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