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二匹と二人


最近、密やかな楽しみが増えた。

結婚五年目。出会いから十年。甘酸っぱさを感じさせた十代や、熱く燃える激情の二十代を共に過ごし、一緒に居ることがいつしか当たり前になっていた。まるでそれは最初から決まっていたかのような自然の流れで、籍を入れた。おままごとにも似た新婚時代が始まると、それまで抱いていた結婚生活への甘いイメージとは大きくかけ離れた現実を思い知らされ、幾多のすれ違いで沢山の喧嘩をした。その度に話し合いを重ね、やっぱり自分にはこの人しか居ないんだと悟った頃、私たちは念願の子供を授かった。

何よりも可愛い我が子。何よりも大切な我が子。腕に抱く温かなぬくもりにこの上ない幸せを噛み締め、一分一秒たりともこの子を想わない日々など無い。それを口にしたら「俺よりもか?」と、小さく口を尖らせて拗ねた顔をして見せたあの人の横顔に、出会った当時の懐かしき面影を見た気がして久々に胸がときめいた。私は幸せ者だ。

そんな私には一つの楽しみがある。出産と共に勤めも辞めてしまった私は、週に二、三度、自分の体力作りも兼ねて我が子と共に少し遠出をする。多めの荷物とベビーカーを手に、ようやくヨチヨチ歩きで自らの脚を動かせるまでになった我が子を連れて、ゆっくりゆっくりと歩く。その先に待っているのは、溢れる緑が魅力的な大きな大きな公園だ。

自宅マンションからもっと近い場所にも公園はあるのだが、この日常の喧騒をも忘れさせてくれそうな穏やかな空間は広大な敷地ならでは。家事に育児に慌ただしい毎日を過ごす私にとって、この場所で我が子と共に思いきり遊ぶ時間が、今は一番の楽しみになっているのだ。


「あ!赤ちゃーん!!」

「赤ちゃんじゃないよーだってもう歩いてるじゃん!赤ちゃんは寝てばっかりなんだよ!」

「えー!?じゃあなんて言うのー?」


一度公園に入れば、私の手に引かれた我が子を見て興味を持ったのか、小さなお兄さんお姉さん達が何処からともなく現れて上から我が子の顔を覗き込んでいる。あーだこーだと騒ぐ姿が、未来のこの子を想像させるようで可愛らしい。


「女の子?男の子?」

「さぁどっちでしょう?」

「分かった!女の子だ!」

「どうして?」

「だってピンクのお洋服着てるよ!!」

「ざんねーん!男の子だよー。ほらっ、お靴はウルトラマンなの」


あー、うー、などとしか答えられない我が子に変わり、一手に浴びせられる質問に答えていく私。第一子を産んだばかりで子育て経験など全てが初めてだった私は、当初この公園に通い始めた時はこんな風に子供たちと接する事すら上手くなかった。子供との触れ合いに慣れていなかった私は、何度も何度もこうして話しかけられていく内に距離感の測り方を学んでいったのだ。

我が子と共に私も母親として成長している。そんな風に考えさせてくれる、そんな風にじっくり考える時間をくれたこの場所が、私は大好きなのだ。

しばし子供たちとの会話を楽しんだら、私は頃合いを見計らって再び歩き出す。敷地内の奥まで入り、適当な場所にレジャーシートを広げて我が子と共にお昼寝をしたり、絵本を読んだり、ボール遊びをしたりするのがいつもの過ごし方だった。

片手にベビーカー、もう一方の手には我が子。今日は何をして遊ぼうか?、などと彼に笑いかければフニャリと気の抜けた笑みが返って来て気持ちが和む。

それと同時に、ふいに一陣の風が真横を通り過ぎた。空からのものではない。身体の側面を一瞬掠っただけ。次いで、バタバタと慌ただしい足音が背後から聞こえて来たかと思ったら、あっという間に私たちを追い越して行った。何やら揉めているのか、すれ違い様に「バカ!」だの「アホ!」だのという言葉が聞こえた気がした。

ーーー来たなっ。胸の中で小さく呟くと、もう既に遠ざかりつつある二匹と二人分の後ろ姿を見つめて私は口元を緩ませた。


公園に通い出してから約三ヶ月。最初に見掛けた時、大きな大きなシベリアンハスキー二匹を連れていたのは、女の子一人だった。言わずもがな飼い主であろう彼女が、二匹と共に戯れる様子がなんとも微笑ましくて。その頃にはまだ歩くことさえ出来ず、私の腕に抱かれてばかりだった我が子を膝の上に乗せながらじっと見つめていた。じゃれ付いた二匹に倒され草むらに転がされる彼女の様子が可愛かったり、公園内の子供たちと共に駆け回る姿が見ているだけで気持ちを高揚させてくれたり。子供たちのこんな元気な姿を見て癒されるなんていうのも、沢山の人々が伸び伸びと自由に過ごして居られる此処だからこそ。それもこの場所が気に入った理由であった。

それに、大型犬というものがあんなにも人懐っこく可愛らしい生き物だというのも驚きであった。迫力満点な顔付きでいながら、パタパタと大きな尻尾を揺らしながら皆に愛嬌を振りまいている様子は、私に新しい発見をさせてくれた。ただひたすらに可愛いのだ。何を隠そう、一軒家を買ったらハスキーを飼わないかと、旦那様には既に談判中である。まだ触れさせてもらったことはないのだが、私はすっかり彼らに夢中なのだ。

そんな二匹と一人の女の子。そのいつもの光景が、少し変化したのは約二ヶ月前から。簡単に言うと、一人増えた。ある日を境に、いつもシベリアンハスキー二匹を連れていた彼女は、シベリアンハスキーに良く似た男の子を連れて来た。

犬と人間の好みは同列なのかい?と、思わず胸の中で小さな突っ込みを入れてしまう程に、私にはその男の子が彼女が連れていた二匹と本当に良く似ていると思った。白に近い銀髪や切れ長な目もさることながら、容姿そのものもよりも彼女に対する行動が何より似たものを感じさせた。付かず離れずの距離、何かあるごとにじゃれ付いて困らせて。二匹のハスキーちゃんと共に彼女の周りを楽しそうに駆け回る姿は、飼い主に寄り添うワンちゃんそのものに見えた。先日など、彼女がハスキー二匹に対して投げたフリスビーを横取りまでしていて可笑しかった。ホラ。躾もバッチリじゃないの。そんな風に、毎回という訳ではなかったが彼女と彼とハスキー二匹の姿をここで見掛ける日が、徐々に多くなっていった。

そんな二人が今日も現れた。恋人同士というには、まだまだあどけない距離感。広い敷地を走りながら、時折り響く笑い声や小競り合いの間合いがなんだか微笑ましくて…。私は一人勝手に心の中で安堵する。何故かというと、つい先日、私は彼女が一人でここを訪れていたのを久々に見掛けた時、心無しかその顔が沈んでいるように見えた気がしたから。しかし、今日は元気そのもの。元気に楽しそうに、彼と並んでいる。何やら頭を叩いたり叩かれたりと騒がしく、互いの眉間には皺が寄っているが、それでもつい数日前に一人で居た時より彼女は何倍も何倍も楽しそうだった。

告白したのかな?まだなのかな?片想い?両思い?彼の方がお熱なのかな?……なーんてこと、余計なお世話。無粋な勘繰り。可愛らしい少年少女をネタに、こんなつまらぬ想像をしていちいち一喜一憂するなんて自分もオバちゃんになったな、なんて自嘲した。したが、これが最近の私の楽しみの一つになっているのであるから、仕方ない。下手な昼ドラやドロドロの愛憎劇を見るより、ずっとずっと清々しい気持ちになれて心が温まる。

歩き疲れたのか、公園に着いてから間もなくしばし熟睡タイムに入っていた我が子を、私はふいに見下ろした。貴方もいつか、恋をするのかな。あの二人のように。あんな風に、可愛らしい恋を。そんな日が来るのが待ち遠しくもある様な、寂しくもある様な……。

小さな額を人撫でして再び顔を上げたら、遠くで女の子が何かに躓いたのが目に入る。咄嗟にその腕を強く引いた男の子の手が、頼もしかった。まだ見ぬ未来に思いを馳せながら、子供たちの幸せを今日もまた静かに願った。



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「HS416」早瀬さんよりいただきました。アイスブルー別視点からのお話です。どうですかこれ!最初まんまと騙されましたよ!早瀬さんトリックにかかりました。言外にたくさんの意味が込められているのがひしひしと、むしろビシバシと伝わってきて…。アイスブルー書いてて良かったです。早瀬さんありがとうございました!




二匹と二人



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