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不器用の傍ら



仁王さんとこの長男はとても不器用だ。

同じマンションの隣の部屋、なおかつ腐れ縁で幼稚園から高校までずっと一緒のそいつは言葉にするなら幼馴染みというやつらしい。と言っても特別仲が良かった記憶なんて皆無だ。幼稚園の頃でさえ、同じ部屋に2人でいてもそれぞれ無言でバラバラのことをしていたと母たちは言う。親同士が仲良し、なんて有りがちな理由からよく仁王家にお邪魔していたが、同い年のこいつとは不思議とそれほど喋ることはなかった。それは今になっても健在だ。嫌いとか苦手とかそういうのではない。多分、向こうも同じだろう。

普段は会話なんてない。そんな私達だが、何故か決まってこういう時によく出会す。

小学校の時もそうだった。こいつが仲良しだった女子が他の女子から妬まれて陰で意地悪されていると知ってから、その子と一切喋らなくなった。多分、好きだったはずなのに。なんで急にと泣くその女子を冷たく突き放したところを見かけた帰り道。公園で一人ぽつんと残ったそいつの手を引いて家まで帰った。帰り道の会話と言えば、バーカ、と私が一言呟いたぐらいだ。そいつは俯いて、私はやけに空を見上げて帰った。

中学の時は、同じクラブのマネージャーが好きだったはすだ。だけど、クラブ仲間も同じ子が好きで、マネージャーはその子が気になっていて、妙に勘が鋭いこいつはアッサリと身を引いてしまったのだ。あまつさえ、その2人をくっつける手助けなんてして。2人から付き合ったと報告を受けて、自分の気持ちを圧し殺して茶化すところを見た昼休憩。屋上で一人泣きそうな顔で嘲笑するそいつの側で一緒に授業をサボった。その時も喋った言葉なんて、さすが詐欺師、なんて皮肉にとられても仕方ないそれを私が口から洩らしたくらいで。膝に顔を埋めるそいつと、やけに空を眺める私は放課後までそうしていた。

高校に上がってからといえば、こいつは人を極端に寄せ付けなくなった。クラブ仲間などの内に入れた人物以外を酷く冷たい眼差しで見るようになったのだ。それでもある一人の女子と出会い漸く彼女と結ばれた。それでも疑心暗鬼が祟り、彼女の愛を試したかったらしいそいつは女遊びをするようになった。彼女の心はボロボロで、目に涙をいっぱい溜めてそいつに別れを告げるところを見た放課後。教室で一人涙を流すそいつの背中を擦った。その時も喋ったことと言えば、あんたって本当に不器用、と言葉をぶつけたぐらいだ。そいつは机に伏せ、私はやけに天井を見上げて日が暮れるまでそこにいた。

そんなことが起こったのが約半年ほど前のことだ。半年の月日を経て、私は偶然にもそいつに貰った指輪を握り締めて物思いにふけるそいつの元彼女に出会してしまったのだ。マンションの下で何かを躊躇う彼女とバッチリ目が合った。はたと目を丸くした彼女はこう切り出した。

「まさ…仁王くんの、幼馴染みさん、だよね?話聞いたことあって、あの、私、元カノなんだけど、あの、やっぱり、仁王くんとやり直したくて、ここまで来たんだけど、あの、」
「待って。落ち着いて。あの、が多すぎる。」
「あっ、こごめん!あのね、これ、仁王くんに渡してほしいの。直接渡そうかとも思ったんだけど、多分、避けられちゃうから…。だから、お願い、します!」

その手紙を受け取ると、見るからに安堵した彼女は少しだけ目尻に涙を滲ませながら帰っていった。

ぼんやりと手紙を見つめる。あぁ、これ渡したらより戻るんだろうな。そう思うとその場から動けなくなった。オレンジの空を見上げる。彼女なら、きっとこいつも幸せになれる。不器用さも分かってあげられる。そう思うのとは裏腹にじわりと黒い感情が染み渡る。これを破ってしまえば、一瞬脳裏に浮かんで早々と掻き消した。これを破ったところで、私があいつと両思いになる可能性なんてどこにあるだろうか。私が好きだなんて、笑える。絶対呆れたような顔をされる。あいつは、私が好きなんてこと、絶対に気付かない。思いもしていない。

空は濃紺になっていた。どれだけここで立ち尽くしていたのだろうか。辛い時に上を見上げるのは私の昔からの癖だ。涙が零れないように必死に上を向く。

「なんで、私が辛い時は来てくれないのよっ。あんたって、本当に、…っ、」

ズルい。声にならなくて、ひっと喉に悲鳴が張り付いた。そんな時だった。人の気配がしてハッと振り返る。街灯に照らされる銀髪。ぐっと涙を堪えて、出来るだけ無表情を貫く。手紙をぐいと差し出した。

「なんじゃ、」

訝しげに手紙を受け取ったそいつは、その場で開け出すものだから、私はどうすることもできない。空を見上げる。カサカサと紙の擦れる音がして、次に視線を下ろした時、そいつは呆れた顔をして私を見ていた。それから、泣きそうに眉間に皺を寄せ、目を細めるのだ。

「お前さんも、えらい不器用じゃな。」

何故か、それまで必死に堪えていた涙がぶわっと溢れて頬を滑り落ちた。あぁ、バレてたんだ。あんた、いつから知ってて知らないふりしてたの。言ってやりたいことは山ほどあったのに、やっぱり声にはならなくて。

「こんなもん、破り捨てれば良かったろうに。律儀じゃな。」

ぎゅっと抱き寄せられて、涙が肩口を濡らしていく。まさ、はる、途切れ途切れに名前を呼んだところで、初めて呼べたということに気付いた。名前を呼んでしまうとバレると思っていたから、呼べなかった。小学校の時から、ずっと。

「おま、それは、反則ぜよ……、」

尚更強く抱き締められて息が出来なくなった。このまま窒息死するのも悪くない。

その時はそう思ったと後から伝えると酷く拗ねてしまったものだからごめんと謝った。笑う雅治を隣で見るのが夢だった。ぽつりと呟けば小馬鹿にしたように唇の片方を吊り上げる雅治。そういうのじゃなくって、そう抗議すると、あんま可愛いこと言いなさんな、と抱きすくめられてしまった。随分待たされたなぁ、と悪態をつくとプリッと鳴く声が隣から聞こえた。



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「Cassiopeia」六日さんからいただきました。もうつつおみには書けない世界観です。胸がギュッとなる…むしろギリギリ締め付けられるようなこの空気感。そして最後にふっとその締め付けが解けるもんだから反動で泣きそうになります。六日さんありがとうございました。





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